Happy Halloween!
(SIDE S-2)
ハロウィーンの真夜中にリンゴを食べて、後ろを振り返らずに鏡を覗けば、そこには将来の伴侶の面影がうつるという。
特別ライブの準備――といってもやることはほとんどなかったけれど――を終えて、レオとさなえちゃんの帰りを待つ。
「遅いなー……」
待ちくたびれて、思わずついて出た言葉に、リエちゃんから小さな笑い声が聞こえた。
「まだ、さなえちゃんがレオくんの後を追ってから、5分くらいしか経ってないよ」
「あれ? そうだっけ?」
時計を見ると、確かに長針は一文字分動いているだけだった。
気長に待つか、と覚悟を決めて、テーブルの上のアップルパイに手を伸ばす。
「リエちゃんも食べる?」
「うん」
嬉しそうに駆け寄ってくるリエちゃんにパイを一切れ乗せたお皿を手渡し、飲み物を探して首をめぐらせた。ところがペットボトルはどれもすっかり空になっている。
仕方ないなと口の中で呟いて、アップルパイにかぶりつきながらキッチンに向かった。
冷蔵庫の中を漁りつつ、
「リエちゃんは何か飲みたいものある?」
「うーんと……オレンジジュース!」
元気の良い応えに自然と口許が綻ぶ。振り返らず、片手だけ上げて了承の意を伝えた。
パイの最後の一口を無理矢理口に押し込んで、カフェオレとオレンジジュースの缶を手に立ち上がると、傍らの食器棚のガラス戸に映る白い影。
「……?」
何かと思い目を凝らして、ガラスに映った影を見つめる。もぞもぞと動く白い物体が何かすぐに思い当たって、僕は思わず吹出しそうになってしまった。口の中に残っていたパイをごくん、と飲み込んで、
「リエちゃん、危ないよ」
視線はガラスに固定したまま声を掛ければ、白い影が動きを止める。けれどすぐに再びもぞもぞと動き出して、ガラス戸からでも白いシーツの下から現れた少女の顔に浮かぶ、驚いた表情が辛うじて判別できた。
「なんでわかったの?」
「ここに映ってる」
缶を持ったままガラス戸を指差し振り向けば、可愛らしく頬を膨らませる少女が目に入る。
「もうっ。リエもスギくん驚かそうと思ったのに」
「それは残念でした」
拗ねるリエちゃんにジュースの缶を差し出すと、今度は一転して明るい笑顔を浮かべて缶を受け取った。
「スギくん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
嬉しそうにジュースに口をつけるリエちゃんを横目で見つつ、そう言えば、とまだ残っているテーブルの上のアップルパイに目を向けた。
――今更だけど、アップルパイってリンゴなんだよね。
それから、ハロウィーンのいいつたえのひとつを思い出す。
ハロウィーンの真夜中にリンゴを食べて、後ろを振り返らずに鏡を覗けば、そこには将来の伴侶の面影がうつるという。
……まあ、ガラス戸を鏡としてよいものかどうかはわからないけど。
それでもいい気分で、僕もカフェオレに口をつけた。
「ねえ、スギくん。これ、どうしたの?」
「え、何?」
僕を呼ぶ声に再びリエちゃんを見やると、彼女は脇に置いていた帽子を手にしていた。
それはジャック・オ・ランタンをかたどったベレー帽。
彼女の手から帽子を取って、ひょいと被る。
「町で見かけて思わず買っちゃったんだ。ハロウィーンにぴったりかと思って。他の時じゃそうそう被れないけどね。……似合う?」
「うん! スギくん、カボチャの王様みたい!」
「カボ……」
カボチャに偏見はない(つもりだ)し、褒められてるってこともわかるんだけど……
何となく微妙な気分で、苦笑する。しかし、ふと思い付いて、カボチャの帽子をリエちゃんの頭の上に乗せた。
「スギくん?」
小首を傾げて尋ねてくる少女に、片目を瞑って、
「こうすると、リエちゃんはカボチャの王妃様だね」
「王妃様……」
オウム返しで呟いて、僕の言葉の意味を察したらしいリエちゃんの顔が瞬間的に真っ赤に染まる。
あんまり可愛らしいものだから思わず抱きしめたくなったんだけれど。
「ただいまー」
「あ、か、帰ってきたね!」
そう言って、顔を赤くしたまま玄関までふたりを出迎えに、ぱたぱた走っていってしまったリエちゃんの背を見つめつつ、胸の内で呟いた。
――どうせなら、もっと遅れて帰って来い、相棒……