Happy Halloween!
よっこいせ、と掛け声を掛けつつ、スギはカボチャのランタンをテーブルの真ん中に置いた。
中身がくり抜かれているとはいえ、一抱えもあるカボチャを運ぶのは当然重労働なわけで。
「スギ、その掛け声、若さがない」
ソファの上にクッションを次々と放り投げるレオの一言に、むっとした表情を向けた。
「少しは手伝おうとか思わないのか、レオ」
「もちろん思わないよ。じゃんけんに負けたスギが悪い」
「…………」
ハロウィーンの夜にパーティをしようと思い立ち、リエとさなえも誘ってOKをもらったのが1週間前。けれど本格的に部屋を準備し始めたのはハロウィーン当日――今日になってからだった。とにかく準備しなければならない項目を書き出して分担しようという話になったが、やはり重いものを運ぶのは嫌だと二人ともが敬遠する仕事はあるわけで、「じゃあ、じゃんけんで負けた方が潔くやることにしよう」と言い出したのは確かにスギだった。
自分で言い出したことだから反論もままならない。しかしだからと言って納得できないことはある。
カボチャの位置を微妙に調整すると、スギは何度目かになる呟きを漏らした。
「……なんで、じゃんけんに全部負けるんだよ……」
ことごとく負け続けたせいでテーブルやソファの移動からカボチャ運びまで大変な仕事ばかり回ってきた。人が必死になって家具やら道具やらを動かしている横で、レオは鼻歌混じりに掃除をしていた。あまつさえ「さっさと運べ」だの「これじゃ位置が悪い」だの言いたい放題言ってくる。おかげでスギの機嫌は急降下の一途を辿っていた。
「レオ、絶対何かずるしただろ」
半眼になって問い詰めれば、相手はさも心外だと言わんばかりに首を振り、
「そんなことするわけないだろ。ただ単にスギの癖を把握してただけだよ」
「ああ、なるほど――って、癖って」
さらりと言われた言葉の聞き捨てならない単語を問い詰めようとした時、玄関のチャイムが軽やかな音を立てた。
「あ、ふたりとも来たみたいだね」
「……そうだね」
さあ、出迎えだ、と玄関に向かうレオに誤魔化されたような気分で――というか確実に誤魔化されているが――スギもレオの後を追う。招待客の前で険悪な雰囲気を作るわけには行かないし、先刻の一言については明日にでも問い詰めようと思いつつ、前を行くレオに呼び掛ける。
「レオ、忘れてる!」
「あ、そっか」
振り返った親友の顔面目掛けて、折り畳まれた真白いシーツを放った。
「うぇ!?」
ぼふっ、と音を立てて、シーツがレオの顔面を直撃する。シーツが自然落下した後に現れた憮然とした表情に溜飲が下ったのか、レオとは逆に晴れ晴れとした顔でスギは小さく指を振った。
「ダメだよ、レオ。お客さんを迎えるのにそんな顔してちゃ」
「……ああ、まったく君の言うとおりだよね、スギ。……あとで覚えてろ」
「……君の方こそ」
ふふふふふ。
互いに嫌な感じの含み笑いをしていると、再びチャイムの音が響いた。
ふたりはほとんど同時に玄関に視線を向け、それから顔を見合わせた。
そこに浮かぶのは全く同じ表情。
悪戯を始める直前の子どもみたいな目をして、ニヤリと笑みを浮かべていた。
チャイムから指を離して、さなえは微かに首を傾げた。耳を澄ますと、部屋から小さな話し声やがさごそと何かしているらしい物音が途切れ途切れに聞こえてくる。たぶん、レオとスギのふたりがこのドアの向こう――玄関先にまで来ていることは間違いないと思う。
――何をしてるのかしら?
一向に開く気配のない、目の前の、ジャック・オ・ランタンのシールが貼られたドアの向こうを見透かそうとするように目を細める。
「どうしたんだろ……ふたりとも、留守なのかなぁ」
「ううん、居るみたいなんだけど……」
背後から投げかけられた疑問に、振り返りつつ答えた。
さなえから一歩下がった位置で、両手で抱え込むようにして大きな箱――中身はふたりで作ったカボチャのケーキだ――を持つリエの顔には、「どうしてわかるの?」という疑問がはっきり浮かんでいる。
「ドアの向こうから物音が聞こえるから」
「そうなんだ。もしかして、まだ準備してるのかな」
「うん……そうかもしれないね。一度、出直した方がいいかしら?」
ふたりで、うーん、と悩んでいると、ドアの向こうから声が聞こえた。
「もう少し待って! 今、開けるから!」
続いて、「スギ、早く早くー」という声が聞こえてくる。
いつドアが開けられてもいいように、ドアの横に置いていた、作ってきた料理を詰めた袋を手に取ってさなえはリエの隣まで下がると、ケーキの箱を抱えたままきょとん、としている親友と顔を見合わせた。
「……どうしたんだろうね?」
「……何をしてるのかしら?」
何となく嫌な予感がして、ふたり、ほぼ同時に不安そうな呟きが零れた。
何と言っても、今日はハロウィーンであるし。とんでもないいたずらでも考えているのだろうかと思った。
そんなふたりの心配を他所に、がたん、という派手な音と「気をつけろよー」というスギの声が聞こえた後、ガチャリ、と鍵の開けられた音がした。
何度も訪れている場所なのに、急に初めて来た所みたいにどきどきしてくる。
ふたりにとってのハロウィーンの始まりは目の前のドアが開かれてから――だからかもしれない。
「トリック・オア・トリート、でいいんだよね?」
どこか緊張した面持ちで小さく呟くリエに、さなえは頷きを返した。
ドアノブが回され、リエとさなえがハロウィーンの決まり文句「トリック・オア・トリート」を言おうと口を開きかけると、いきなり、バタンッ、と勢い良くドアが開け放たれた。
そして二体の白い影が飛び出すように現れ、
「きゃあ!」
「Trick or treat!」
少女たちの小さな叫び声と、青年たちの声が綺麗にハモる。
あっけに取られる少女たちの前で、白いお化けたち――シーツを頭から被ったスギとレオはくつくつ笑う。少女たちの驚いた表情に、してやったりと手を打ち合わせた。
少女たちもすぐにぷっと小さく吹き出し、本来、自分たちが言われるはずだった言葉を返した。
「ハッピーハロウィーン!」