〜 ICO 〜

 ――夢を見ていた。
 白い少女が、黒い影に変貌してしまう夢。
 それはいつかどこかで見た夢に似ていたけれど、どうしてか不思議と怖くなかった。
 それは、たとえ漆黒に彩られたその影に、文字通り少女の面影がなかったとしても、それが変わらずに少女であるとわかったからかもしれない。



 ――夢を見ていた。
 優しく頭を撫でてくれる誰かの手が気持ちよかった。
 抱きしめるように包み込んでくれる誰かの体温が温かかった。
 抱きかかえられているのだ、と何故だかわかって、それがとても気恥ずかしかった。



 ――夢を見ていた。
 少女とふたりで越えた古い橋が崩れ落ちていく。
 どこかで見たシャンデリアが奈落の底へと消えていく。
 少女と共に通り過ぎていった景色が、壊れて、崩れて、無くなっていく。



 ――夢を見ていた。
 真っ黒になってしまった少女が遠ざかっていく。
 駆け寄ろうにも、腕を伸ばそうにも、身体はぴくりとも動かない。
 その間にも少女の姿は小さくなっていく。
“待って”
“一緒に”
 声は音にならない。否、そもそもどんな音も感じられなかった。
 けれど、たったひとつだけ聴こえる音、耳に届いた音があった。

 ――アラノヤス

 それは知らない異国の言葉。
 それは知らない異国の響き。
 それなのに、どうしてだろうか。

(――――ノノ――)

 それとよく似た響きを、

(――モリ――――)

 いつか――それも近い過去に――どこかで。



 ――夢を見ていた。
 霧のお城に連れて来られたばかりの時。
 カプセルに入れられて、それですべてが終わったはずだった。
 けれどそのカプセルから放り出されて、そうしてすべてが始まった。



 ――夢を見ていた。
 今にも閉じようとする正門。
 けれど少女が転んでしまって、慌てて少女に駆け寄った。
 閉じていく世界を微塵も振り返らず、ただ、目の前の少女に手を差し伸べた。



 ――夢を見ていた。
 抜けるような蒼穹の下、霧のお城が碧色の海に沈んでいく。
 あんなに広大だと思っていた霧のお城は、もっと広大な世界からみればなんてちっぽけな世界。
 海は簡単に霧のお城を呑み込んでいく。
 その間際、城から沸き起こる光に、蒼空が白く染められて――



 ――夢を見ていた。
 長く続く螺旋の階段。
 そこで出会ったひとりの少女。
 薄暗い部屋に浮かび上がる、光を帯びた白い姿。
 怯えた自分に手を差し伸べて、頬に触れた指先はしっとりと温かかった。
 ――ああ、そうだった。
 最初に手を差し伸べてくれたのはあの少女だった。
 迷う自分をあの少女がいつだって導いてくれた。
 閉ざされた道を、少女の輝きが開いてくれた。
 夢の中、少女の姿を思い返す。
 どんな深い闇にあっても翳らぬ眩しさを。
 明るい陽射しの下でも褪せることのない鮮やかさを。
 空気に溶けて消えてしまいそうな儚さを。
 最後の記憶に残る――けれどそれは夢のはずで――暗い洞窟の中にあってなお浮き立つように佇む漆黒の姿を。
 繰り返し、繰り返し、思い返していく。
 いつしか少女の姿は形を成さなくなり、輪郭がぼやけ、白く滲んで――
 閉ざされたまぶたの裏は、直視できないほどの白に染められて――
 白く――
 ただ、白く――
 ――――白く――――――――




Ending

ICO room