七夕ぷろろーぐ
「「なにこれ」」
目の前の物体に、あたしとミミちゃんの疑問の声が綺麗にハモった。
「笹だって」
間髪いれずに帰ってきた返答はあたし達を呼び出した張本人のもの。あたし達は同時に振り返ると、相手に向かってもう一度、
「「なにあれ」」
「だから笹だって。つかハモんな」
わざとらしく耳を塞いで見せて、その人――あ、「人」じゃないか――もとい、神ことMZDは、にやり、と口許を吊り上げた。
――うっわ、なんか見ててむかつくくらい嬉しそう。
……どうやらあたし達を驚かせたことがご満悦らしい。
「ミミさん、なんざんしょ、あの嫌味ったらしい微笑み」
「どうやらあたしたちを驚かせて喜んでいるようですわよ、ニャミさん」
「うわー、性格悪―」
「ねー、性格破綻者だわ―」
「……聞こえてるぞ、お前ら」
「「だってわざとだもん」」
「…………」
三度ハモると、神は口をへの字に曲げて押し黙ってしまった。
「「……よし、勝った」」
「――だからハモんな」
神が突然何かを思いつくのは珍しいことじゃない。
だからあたしもミミちゃんもいきなり神に呼び出されても別段そんなに驚いたりはしなかった。
しかしだからと言って呼び出された場所にこんなものがあるとは夢にも思わず。
こんなもの――すなわち。
どでかい笹。
「というかこれを『笹』と呼んでいいのかしら」
「たとえ『竹』と言われても納得できない大きさだよね」
「ギャンブラーZ並?」
「あー、むしろ中に内蔵できそう?」
あたし達が口々に目の前の――神曰く――笹の品評をしていると、機嫌の直ったらしい神がカードを渡してきた。
なんだろう、とカードを覗き込む。
「「『ポップンパーティin七夕』ぁ?」」
「おう。まあ、ポップンパーティっつっても番外みたいなもんだけどな。ちょっとしたツテでこの笹をもらったんで、せっかくだから七夕パーティやるぞ」
どんなツテでこんなでかい笹をもらうんだろう……。
――いや、それ以前に。
「……七夕パーティって……神、今が何月何日かわかって言ってる……?」
「あぁ。明日から7月だよな」
準備期間、一週間ですかい!
「そんな引きつった顔すんなって。大丈夫だ、すでに大方のポッパーには招待状送り済み&出欠確認済みだから」
「うわー、いつの間に……って、それってつまり、あたしたちには事後承諾ってことじゃないの!?」
「――で、笹の飾りつけの方も各ポッパーたちに最低7つ以上持参してくるように連絡済だ」
「――神、顔と話を逸らさないで頂きたいんですケド?」
「なぁんで、本来真っ先に連絡すべき、司会のあたし達が後回しにされてるのかしらぁ?」
「「まさか『いきなり言って驚かせたかったから』なんて理由じゃないわよね?」」
「……長文でハモるな……割り増しで怖いから」
目を逸らしたままの神にじりじりとにじり寄ると、神も同じだけ後ろに下がる。
けれどあたしとミミちゃんは少しずつ方向を変えて、神の背にあのでっかい笹が来るように誘導した。やがて神の背が笹に当たり――
「あー……詳しいことはその招待状の裏面に書いてあるから。司会ヨロシクな」
あたしたちが今にも飛び掛ろうとした瞬間、神は片手をビシッとあげて忽然と消えてしまった。
「逃げたよ……」
「逃げられたね……」
仕方がないので鉄拳制裁は次回に持ち越すとして。
あたし達は渡された招待状を改めて見直した。
時刻と、テーマと、大まかな会場設定と……
「『必ず浴衣、作務衣、甚平のどれか着用のこと』?」
「『それから、短冊ひとり最低七つがノルマな。(願い事複数可能)』?」
招待状に書かれているって事は、司会の準備をしつつこれらの準備もしないといけないんだろうか……いけないんだよね、やっぱ。
残り、一週間しかないけど。
こちとら、まだ何ひとつ準備ができていないけど。
「神……次にあったら、絶対鉄拳制裁食らわす……」
「じゃあ、あたしは怪しげな薬の実験体にしてやろ……」
それから顔を見合わせて、「うふふふふふ」と綺麗にハモっての含み笑い。
――うん、客観的に聞いてこれはかなり怖いと思った。我ながら。
いつまでも笹の前――というか会場予定地でいつまでもたむろしている訳にも行かない。何せ、時間はないけどやらなきゃいけない準備は山積みだから。
――あー、今またちょっと神に対して殺意が湧いたカモ?
「ニャミちゃん、一度事務所にもどろ」
「あ、うん、そうだね」
そうして二人揃って会場予定地を後にしようとして――あたし達はほとんど同時に足を止めて笹を振り返った。
本当に天まで届いてしまいそうな笹を見上げる。
見上げたまま、あたし達はしばらく無言のままで。
ぽつり、とミミちゃんが言った。
「ニャミちゃん、ニャミちゃんが何を考えているか当ててみせようか?」
「じゃあ、あたしはミミちゃんが何を考えているか当ててみようか?」
巨大な笹。
短冊が100や200程度じゃびくともしないだろう、というくらい大きな笹。
だから神も短冊ノルマひとり7つ以上とかいう条件を付けてきているんだろうけれど。
きっと七夕当日はこの笹いっぱいに、たくさんの人の願いが込められた短冊が飾られるに違いない。
たくさんの願い事を吊るした笹の姿は、きっととても凄い眺めだろうなと思う。
あたしとミミちゃんは互いに視線を交し合って、
「「楽しみだよね」」
今日、一番綺麗にハモった。
はてさて、どんな七夕になりますやら。