贈り贈られ


 こうなることはなんとなく予想してたのよ。
 だって互いに忙しいのは百も承知で、人気者は辛いよねぇって会うたんびに顔を見合わせて言ってるんだよ? もう、日常の挨拶代わりの話題になるくらい忙しいことが当たり前の事ってわけでしょ。そんな人気者の身の上だから急に仕事が入ってスケジュール変更なんて今日に限ったことじゃないし、そんなこと日常茶飯事……って程ではないけど、珍しいってことでもないわけ。
 だからつまりね、何がいいたのかって言うと。
 ……ちょっとミミちゃん、きいてるー?


「んー? はいはい、ひいへるおー」
 ――控え室のソファに寝そべりつつお菓子をほおばり雑誌のページをめくっているミミちゃんには、説得力って言葉をぜひしっかり学んでいただきたいと思うわけなんですよ、ワタクシ。
 そんな想いが見つめるまなざしにあふれていたのか、雑誌から顔を上げたミミちゃんがこっちを見る。あたしの方でもじぃっと見つめ返してたら、彼女はかくん、と首を傾げた。……おおぅ、なんかジズっぽいよ、その傾げ方。
「ちゃんと聞いてるよー? だからあれでしょ? サンドバッグを叩くといつになくいい音を響かせるのも振りまく気配で新人ADさんを怯えさせているのもたまたま虫の居所が悪いだけで、別に急にリテイクの入った仕事のせいで今日、北海道でやってるタイマーのクリスマスコンサートに行けなくなっちゃったことを怒ってるわけじゃないのよー、ってことでしょ? ……あー、あと1時間でコンサートが始まっちゃうのねー」
 言葉につられて時計を確認してしまった自分が少し悔しい……。
 仕事は終わったからもうフリーなわけだけど、あと1時間で北海道に行けるわけも――いや、だからそうではなくて。
「……あのね、ミミちゃん。いらん修飾がいっぱいついてるし、ソレ」
「え? あらいやだ、やっぱり素直に『ニャミ、ダーリンのライブにいけなくてプンプンなの』って言えばよかったかしら?」
「もっと違うっつーの」
 大体、『プンプンなの』ってなに。
 頬に手を当てて恥らうフリをしているミミちゃんを手の甲で軽く叩いてから(いわゆるツッコミね)、心優しいあたしは、どうやらまだ理解してくれていないらしい相方に、もう一度、はっきり、きっぱり! 教えてあげたわけですよ。
「だ、か、ら、そもそもあたしは全っ然、怒ってないの! 虫の居所も悪くないのっ!」
「あー、ハイハイ」
 ……そこでどうしてまた雑誌を読み始める……。
「みーみーちゃあぁぁん……」
 心持ち低めの声で呼びかけると、長年の相方は再び雑誌から顔を上げて、困ったような、呆れたような、どちらとも判別のつきにくい笑みを浮かべた。
「ニャミちゃん、もう少しスナオになった方がいいですよー?」
「……あたしは充分すぎるくらいスナオに生きてますケド?」
「うんうん、確かにあるイミすっごくスナオ?」
「『あるイミ』と疑問符は余計」
 そう訂正してあげて、相変わらず寝そべったままの彼女の背中に腰掛けた。「重いー」って唸ってるけど、その辺は無視――しようとしたら。
「……ニャミちゃんたら太ったでしょう」
 ぼそりと呟かれたその言葉に、不覚にもこの間お風呂上りに乗っかってみた体重計の数値を思い出してしまい、一瞬黙り込んでしまった。
「……そそそ、そんなことないよ」
 ……見事なまでのドモリ具合に、我ながら全然説得力がないなぁって思うんだけど。
 案の定、ミミちゃんは得意気に鼻を鳴らし――背中に腰掛けちゃっているから後頭部しか見えないけど、きっとにやにや笑っているに違いない――「やっぱり」と頷いた。
「ここひと月ばかりスケジュールの都合でタイマーに会えなかったからって、ヤケ食いしてたわね?」
「……あぁら、ただ単に甘いものの誘惑が多かっただけですわよ?」
「ふっふっふ、その一瞬の沈黙、かーなーり、動揺したと見た」
「してないってば」
「図星? 図星でしょ?」
「だから違うって」
 はっきり断言しているにも関らず、「スナオになれー」と足をばたばたさせて攻撃してくるミミちゃんに対抗すべく、あたしも背中の上で身体を揺らす。「ぐえっ」っていう乙女らしからぬ悲鳴は聞かなかったことにしてあげよう。あぁ、あたしってば優しい相方。
「……ニャミちゃぁ〜ん、マッサージはもっと優しくお願いしマース」
「ざんね〜ん、これはマッサージじゃありまセーン」
 そんなことを言い合いながら騒いでいると、突然横から、
「――何やってんだ? お前ら」
 呆れた調子のその声は、あたし達ふたりともが良く知る声だった。
 あたし達は動きを止めると、前触れなく現れた相手に顔を向けた。もちろんそこには予想通りのニヒルな笑みを浮かべる――いや、今は呆れた顔になってるか――ポップンの神、MZDが立っていた。扉の開いた形跡はないけど、何せ神だし。でも、言うべきことはきちんと言わないとね?
「神、乙女の部屋に入る時は、事前のノックが必須事項だよ」
「そもそも、ドアは出入りのために存在してるって知ってる?」
「質問は無視か。つーか、この格好を目にして他に言うことはないのかよ? 気付いてないとか言うなよ?」
 もちろん気付いていましたとも。いつもと同じ、サングラス、だぶだぶのトレーナー、季節感を無視した半ズボン(だって今冬だよ)という格好に、いつもと違う白いボンボンのついた赤い三角帽子と肩に担いだ白い大きな袋。
そんな格好をしてるなんて珍しいらしいような、いやむしろ神らしいような。
 ミミちゃんの背中からどいてあげると、ミミちゃんも身体を起こして、ふたりして立ち上がって、まじまじと目の前の神をみつめた。図らずも声をそろえて、一言。
「転職したの?」
「……おーい」
 あ、ちょっといじけてる?
 まあ、そろそろちゃんと言ってあげようか、とミミちゃんと顔を見合わせ、もう一度声をそろえた。
「メリークリスマス!」
「……メリークリスマス」
 不機嫌そうだった彼の顔に、ようやくいつもの見慣れた笑みが浮かんだ。


 何でそんな格好をしているのか尋ねると「お礼参りだよ」とのお答え。
 つまり、世話になったポッパーに感謝の気持ちを込めて臨時のサンタをしているらしい。
 ……言いたいことはわかるけど、それ、用法が間違ってるから直した方がいいと思う。
 ――いや、そんなことより重大なのは。
「神……ちゃんと『感謝』とか『世話になる』って言葉を知ってたんだ……!」
「思いつきで仕事を増やして、それを押し付けるばかりじゃなかったんだね……!」
「……そーかそーか、お前らはいらないか、プレゼント」
「いります」
 なぜか急に不機嫌になる神にすがりつくあたし達。
 神はそんなあたし達をしばらく無言で見つめて、はあ、と特大の溜息を吐いた。
「じゃあ、まずはニャミからだな」
「えー、あたしは?」
「戻ってくるまでに欲しいもん考えとけ」
「あれ? 神、あたしには訊かないの?」
 っていうか、「戻る」って、なに?
「いや、ニャミの場合、訊かなくてもわかるし」
「あー、うんうん、わかりやすいよねー。なるほど、それがプレゼントなわけね」
「ちょっと――」
 何故か分かり合っているふたりに、あたしは抗議の声を上げようとして――
 ばさり、と布が広げられる音がしたかと思うと目の前が白一色に覆われる。
「なななななな!?」
 白い袋を上から被せられた――たぶん、神のオプション、影だろう――ことに気付くのと、身体が横に持ち上げられた――いや、むしろ担ぎ上げられたのがほぼ同時。思わず大暴れしてしまったにも関らず、落とされそうになる気配もないのは流石というべき? だからと言って感謝する気にはならないけれど。
「じゃあ、ちょっくら行って来るわ」
「うん、気をつけてー。ニャミちゃんも頑張るのよー」
 白い布越しに聞こえてくるお気楽な会話に盛大に文句を言おうと深く息を吸った時だった。
 ぐにゃりと目の前が歪むような感覚。
 それでいて、周囲がすごい速さで回転してくような、奇妙な感じ。
 ふ、と意識が遠くなっていくのが自分でもわかった。
 ――なんか、すごい勢いで回されたコーヒーカップに乗ってるみたい……
 遊園地でデートした時、それで目を回してふらふらになっちゃったもんだから、タイマー、泣きそうな顔になってたっけ。無茶してごめんね、って。でも、無茶されても何でもやっぱり、コーヒーカップだって構わないから、だから――






「ニャミちゃん!!」
 いきなり目の前が明るくなったかと思うと、さっきまで思い浮かべていた顔が目と鼻の先で名前を呼んできたりするものだから、あたしはただただ唖然として目前の顔を見つめた。今のあたし、そうとう間抜けな顔をしているのではないだろうか。
 二、三度口をぱくぱくと動かし、ようやくの思いで声を出す。
「……ダーリン?」
 疑問形になってしまったのはこの際、仕方がない。だって、今頃、北海道でコンサートの準備をしているはずのタイマーが目の前に現れたんだから。何でこんなとこにいるんだろうとか、今日のコンサートどうする気とか色々言葉は浮かんでくるけど――あれ、ちょっと待って。そう言えば、神、行って来るって言ってた? ってことはひょっとしてあたしが北海道に? そう言えばさっきまでいた控え室と部屋の様子が違うわ。
 必死に頭を回転させて現状を理解しようとするあたしを他所に、タイマーは瞳を潤ませてこっちをじっと見つめている。
 ……何となく、頭の片隅でこの次の行動も予想できたんだけど、不思議とそれを避けようとかそういうことは思わなかった。
「ニャミちゃああああああん!!!」
 ほら、やっぱり。
 涙目で抱きついて抱きしめてくる国民的アイドル。
 つられてあたしの涙腺まで緩みそうになってくる。
 そんなあたし達に、躊躇いがちな声が降ってきた。
「――えーと、まあ、まだ少し時間はあるから。10分したら呼びに来るね」
「お、お邪魔さまっス」
「ヒヒヒ……邪魔したら馬に蹴られちゃうもんねぇ、コワイコワイ」
「……」
 ………………。
 今更ながらに、ふたりっきりではなかったことを思い知り、タイマーに抱きしめられたまま絶句するあたしに手を振ってアイスが部屋から出て行く。
 その後に続いて、気まずそうに頭を下げつつ出て行くアッシュと、アッシュに引っ張られながらこちらに向かってひゅーひゅーと口笛を吹く真似をしているスマイルと、肩を竦めて早々に背を向けるユーリ。
 ――あぁ……そう言えば、Deuilが特別ゲストだとかって言ってたっけ……
 ぱたん、とドアが閉じられて、本当にタイマーとふたりっきりになる。
 その間も、タイマーはあたしをしっかり抱きしめたままで。
 恥ずかしいところ見られちゃったな、とか、あとで何か言われるだろうなとか、すごく熱く感じる自分の頬とか、そういうことがだんだんどうでも良くなってきて、ただ、相変わらずタイマーはあったかいなって思った。
 あたしも彼の背に手を回して抱きしめ返した。



 ……それにしても。
 あたしがプレゼントをもらったっていうより、あたしがプレゼントにされたような気がするのは気のせいだろうか。いや、気のせいではあるまい。反語。
「ニャミちゃーん」
 ……………………ま・いっか。





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