星降夜


 ライブハウスの壁にもたれながら、リエは窓越しに満天の星々が瞬く夜空を見上げた。
 つい先ほどまでsugi&reoのクリスマスライブが行われていた。もちろん、リエが大ファンである二人のライブに行かないわけがない。
 もっとも、チケットの方はスギから贈られた物だったが。スギからライブチケットを贈られた際、ライブが終わったら一緒に夕食を食べよう、とデートのお誘いまでされ、リエは興奮のあまり声も出せず必死に首を縦に振ったものである。
 ライブが終わった後も興奮冷めやらぬ人々はまだ正面出入り口付近に集っている。そのため待ち合わせは裏口で、ということになり、後片付けやら挨拶やらで忙しいだろうスギをリエは大人しく待っていた。最初は外で待っていたのだが、女の子がこんな暗い寒空の下ひとりで外にいるのは危ないよ、と室内に引き入れられ、ならば何か手伝おうとすれば、「お客様なんだから」と逆に椅子を用意された。
 今も各スタッフが後片付けに大忙しだ。部外者の自分はあまりに場違いで居心地の悪さを感じるが仕方ない。時折、荷物を運んでいるスタッフに道を空けなければならないこともあるので、椅子には座らず壁の花になっていた。
 夜空に敷き詰められた煌きをぼんやりと見つめながら、先ほどまでのライブの余韻に浸っていると、慌しい足音が聞こえてきた。時々、運搬中のスタッフや荷物に当たっているらしく、謝る声も聞こえてくる。
 騒々しく現れたその人は額に汗を滲ませ肩で息をしていたが、リエを目にすると途端に顔を綻ばせた。
「お待たせ、リエちゃん!」
 リエの顔も自然と輝き出す。行こう、と手を差し出すその人に、飛び切りの笑顔を浮かべて見せた。
「お疲れさまでした、スギくんっ」
 繋いだ手はとても温かかった。

 クリスマスのイルミネーションと音楽で彩られた町中を、ふたり並んで歩く。
 スギが食事の予約をしたという店へ向かう途中の話題は、もっぱらリエのライブ感想になっていた。
 目を輝かせながらクリスマスライブの感想を熱心に話すリエに、スギはにこにこと嬉しそうに相槌を打っていた。
「楽しんでもらってよかったよ」
「うん! 本当にすごく楽しかった! こんな素敵なクリスマスが過ごせるなんて夢みたい、って思っちゃった」
 それからひとつ思い出したように、リエは空を見上げた。
「……あ、でもホワイトクリスマスにならなかったのは少し残念かな?」
「なんだ、リエは雪が好きなのか?」
 独り言のようなリエの呟きに返された言葉に、二人は驚いて声のした方を振り向いた。町の喧騒と対照的に人気のない小さな公園の入り口に見知った姿を見つけ、ほぼ同時に声を上げた。
「MZD!?」
「神さま!?」
 いつもと変わらないニヒルな笑みを浮かべた神――MZDは驚いて駆け寄ってくる二人に片手を上げて応える。
「神さま、一体どうしたの?」
 こんな日に、しかもこんな場所で出会うことが偶然とは思えない。それこそ普通の人――まあ、この広い世界、宇宙人やら妖怪やら色々いるが――なら待ち伏せたりすることは無理だろうが、何せ相手は“神”だ。偶然ではなく必然的に二人の前に現れた――つまり、何か用があると言う事になる。
 首を傾げて不思議そうに訊ねてくるリエに、MZDは小さく肩を竦めた。
「何、世話になった奴らにクリスマスプレゼントでもやろうかと思ってな。臨時のサンタをやってんだよ」
 そう言われてみれば、帽子がサンタの帽子になっている。
「世話って……スギくん、何したの?」
「いや? そんな覚えはないけどなぁ……」
「あー、違う違う。スギじゃねぇって。リエ、お前だよ」
 予想外の答えに、きょとん、としたまなざしで自分を指差すリエに「お前だお前」とMZDが頷く。その姿を見て、リエはますます不思議そうな顔をした。
「リエ……何かしたっけ?」
「ポップンカフェを手伝ってくれたろ?」
 その言葉にようやく合点のいったリエは納得の表情を浮かべ、けれどそれはすぐに困惑の表情に取って代わられた。
「でもあれは、楽しかったし、バイト代ももらえたし……むしろリエが神さまに御礼をしなきゃいけないと……」
「いーんだよ、俺が珍しく世話になったって思ってんだからな」
「MZD……自分で珍しくとか言ってて何か疑問を感じないかい?」
「ほっとけ。で? リエは雪が降った方がいいのか?」
 うん、と頷けばそのまま雪を降らせそうな勢いだ。
 リエは眉根を寄せて考え込むと、ややあって、首を横に振った。
「絶対降って欲しい、っていうことじゃないの。ドラマとか歌の中だとホワイトクリスマスって多いけど、実際ホワイトクリスマスになる日ってあまりないし、リエも経験した覚えがないから。でもそれは今じゃなくても良いし、来年とか再来年とか、機会はまだあるでしょう? それに今、雪が降ったらせっかくの星空が見えなくなっちゃって、それはとてももったいないって思うもの」
「なるほど。よし、よーくわかった」
 MZDはリエの言葉になにやら頷くと、「じゃーな」と一声残して消えてしまった。
 突然現れて突然姿を消すMZDに、ふたりは呆気に取られて顔を見合わせた。
「……なんだったんだ?」
「そうだね……」
「――で、結局クリスマスプレゼントはどうなったんだろう……?」
「来年クリスマスに雪を降らせるよ、ってことなのかな……?」
「あぁ、なるほど。……気の長いクリスマスプレゼントだなぁ」
 そんなことを話していると、二人の目前をひらりと舞い落ちるものがあった。
 白くて小さくてふわふわした、冷たいもの。
「……雪?」
 リエは伸ばした手の先――毛糸の手袋の上にそっと乗った小さな氷の結晶を、信じられないという風に何度も目を瞬いて見つめた。その間にも雪は次から次へと舞い落ちてくる。
 まさか、と思って夜空を見上げるが、そこは相変わらずの雲ひとつない満天の星空だった。しかしそれにもかかわらず雪が天から降りそそいでいる。
 こんな天気、常識外れもいいところだ。
 けれど、つまりはこれが――
「クリスマスプレゼント?」
「すごい……無茶苦茶だ」
 夜空には輝く星が敷き詰められたまま、真白い雪が星明りや外灯の光に煌きなが舞い落ちる。
 その様子を半ば呆然と、半ばうっとりと見つめていたリエが、呟くように囁いた。
「……お星さまが空から降りそそいでいるみたいだね……」
「……確かに」
 同じく空を見上げていたスギも同意の頷きを返し――ふと、あることに気付いた。
「そう言えば……すっかり忘れてたなぁ……」
 その言葉にリエは空に向けていた視線をスギへと移し、すぐにスギの言いたいことを理解して、「あっ」と小さく声を上げた。
 MZDがあまりにも唐突にあわられ唐突にいなくなるものだから、言いそびれていた言葉。
「じゃあ、今、言おうよ」
「いないのに?」
「でも、きっと聞いていると思う。だって神さまだもの」
「――それもそうか」
 二人はくすりと笑い合うと、雪の降り続ける満天の星空に向かって声を揃えて言った。
「メリークリスマス!」



「あー、でも、MZDにいいところ持って行かれたなー」
「スギくん?」
「いやもちろんぼくのクリスマスプレゼントだってすごいよ、たぶん、もしかして」
「え? うん、楽しみにしてるね。……リエはそんなにすごくないかも……」
「いや、リエちゃんのだってすごいよ。ぼくが保証する」
「もう、スギくんたら……なぁに、それ」
 くすくす笑うリエを見つめつつ、スギはポケットの中のプレゼントに手をやった。そうすると自然と湧き上がって来る自信と不安と期待と緊張。
 リボンで丁寧にラッピングされた小さな小箱。
 さて、どんなタイミングで渡そうか、そんなことを思案していた。





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