世界はサンタであふれてる
星の瞬く夜空を、紅の翼をはためかせた影が横切る。星々よりもいっそう輝く銀の髪は、遠目から見たら流れ星のように映るかもしれない。
城の尖塔のひとつにゆっくりと降り立ったユーリは、ようやく落ち着いた様子で息を吐いた。
「……まったく、なぜあんなに盛り上がれるんだ……」
苦笑交じりの呆れた言葉が零れる。
先ほどまで――現在でも続行中だが――バンドメンバーのみでおこなっていたクリスマスパーティから抜け出してきたところだった。ユーリも含めて三人だけだというのに異様な盛り上がりを見せるパーティ会場内では、少し頭を冷やしたいと思っても落ち着けるような場所がない。
バルコニーに出るくらいでは、すっかり出来上がっているスマイルにすぐ掴まってしまう為、わざわざそう簡単に追いかけてこられない場所まで飛んできたのだ。
冬が深まり、本来なら肌を刺すほどの冷たさが今は心地よい。
この心地よさが寒さに変わってしまう前に戻ろうか、と考えていたユーリの目の端に光がちらついた。
月明かりとも星の輝きとも違う光に、ユーリの視線が後を追う。
「……ポエット？」
視線がたどり着いた先に居た天使の姿に、ユーリの顔が顰められた。
ポエットがクリスマスだというのに夜空を飛んでいる、ということは別段おかしいことではない。人々に幸せを運ぶ天使は、今日のような日こそ仕事の書き入れ時なのだろう。……書き入れ、は少々意味合いが違うような気もするが。
現に、ポエットは今もたくさんの荷物を持ってよたよたと――それこそ、初めて空を飛んだばかりの雛鳥のほうが上手に飛べるのではないかというくらい頼りなく――夜空を進んでいる。
その荷物の量が問題だった。
夜も大分更けているというのに、少女の両腕には余るほどの荷物が抱えられている。そんなに無理な仕事の分配でもされたのだろうかと心配に思ったユーリは、尖塔の屋根を蹴って天使の後を追い始めた。
ポエットの仕事を手伝おう、というわけではない。あれで自分の仕事に誇りを持っている少女は、手伝いを申し出たところで「大丈夫」と笑顔で断るだろう。しかしせめて持ちにくそうにしている荷物をどうにか運びやすくする手伝いくらいならできるはずだ。
日ごろの軽やかさが嘘のように、ふらふらと夜空を行く天使の姿が近づいてくる。ユーリが声を掛けようとしたその時、少女の小さな悲鳴が聞こえてくるのと同時に、抱え込んだ荷物の一角から小さな箱が零れ落ちるのが見えた。
ユーリは咄嗟に羽ばたきのスピードを上げて、落ちていく小箱に手を伸ばした。
「――ユーリ！」
上手く捕らえた小箱を手にして近づいてくる吸血鬼の姿に、ポエットの顔が嬉しそうに輝いた。
「ユーリ、ありがとう！」
「いや……」
小箱を返そうとして――どこに返してもすぐにまた落としてしまいそうな荷物の山に、どうしたものかとユーリの手が半端に伸ばされたままで止まる。
「……今年の仕事は、そんなに多いのか？」
気遣わしげに問いかけられ、ポエットは最初、何のことだかわからない様子だった。それが両手いっぱいに抱えた荷物の山のことだと理解すると、「仕事は終わったよ」と、ぶんぶん勢いよく首を振った。
その動きでまた零れ落ちていく箱や袋を、ユーリが余さず受け止める。
「あぁ！ ごめんね、ユーリ……」
「いい。それより、仕事ではないならどうしたんだ？」
その問い掛けに、何故かポエットの顔が困惑したものに変わった。
「ポエット？」
「あのね、もらっちゃったの」
「もらった？」
答えながら、少女の表情がますます申し訳なさそうなものに変わっていく。
「お仕事で、クリスマスプレゼントを配ってたんだけど……プレゼント、渡した人たちから」
「なるほど、そういうことか」
「うん……」
困り果てた様子で俯くポエットの姿に、ユーリは不思議そうに尋ねた。
「迷惑だったのか？」
「ううん！ そんなことないよ、すごく嬉しかった。嬉しかったけど……ポエット、みんなに幸せを配るのがお仕事なのに、ポエットばっかりこんなにたくさん嬉しいこともらっちゃっていいのかぁ、って」
「――いいんじゃないか。今日はクリスマスなのだからな」
「ユーリ？」
「それだけたくさんのサンタクロースがいた、ということだろう」
その一言に、ポエットの瞳が改めて腕の中のたくさんのプレゼントに向けられた。
「……みんな、サンタさん？」
「別にサンタクロースはひとりではないだろう？」
何せ、サンタクロースを職業としているものが、見習いも含めひとりやふたりではないのがこの世界である。
「サンタクロースからの贈り物なのだから、素直に喜んでいいと思うぞ、私は」
「……そうすると、世界中がサンタさんでいっぱいになっちゃうね」
「いいんじゃないか」
さらり、と言われ、天使の顔が嬉しそうに弛んだ。
「うん、それ、すごくいいね！」
満面の笑みに変わったポエットの様子に、ユーリの口許も自然と綻ぶ。
「……ところで、ポエットは今、帰る途中だったのか？」
「うん」
「急ぎか？ 少しゆっくりできるなら城に寄っていくといい。これだけの荷物が入る袋はないが、シーツでひとまとめにするくらいならできる。そうした方が持ち帰りやすいだろう」
「いいの？」
「ああ。このまま行かせると、ポエットが今日中に家に帰る事ができたのか心配で眠れなくなりそうだしな」
「あー！ ユーリ、ひどーい！」
ぷぅ、と頬を膨らませる姿に笑いかけながら、ユーリは少女の腕に山と抱えられたプレゼントの数々を半分受け取る。
「そうだ……ついでに私からのクリスマスプレゼントというか、私へのクリスマスプレゼント代わりに聞いて欲しい願い事というか……ギブ・アンド・テイクということになるか、この場合」
「？ なぁに？」
城へ降りる途中、呟くようなユーリの言葉に、ポエットが可愛らしく首を傾げた。
ユーリはわざとらしくため息をつくと、嘆かわしいと言わんばかりに首を振って見せ、
「――どこぞの馬鹿犬が後先考えずに張り切ってな。大量に余りそうなクリスマスケーキを多少なりとも食べていってもらえると非常に助かるのだが。何なら持って帰ってくれても構わない。持って帰ってくれるというなら荷物運びもしよう」
きょとん、と見返してくる天使に、ユーリの首も傾げられた。
「あぁ、もちろん、ポエットも家に帰ればクリスマスの用意ができているだろうから、無理にとは言わないが……」
「ううん！ 喜んで！ ポエット、アッシュの作る料理、なんでも大好きだよ！」
「そうか」
それを聞いて安心した、とユーリが柔らかい微笑を浮かべた。きらきらと瞳を輝かせ「早く行こう！」と城へと急ぐ天使の後ろを、ゆったりとした羽ばたきで追いかける。
ユーリを探していたのだろうか、降りてくる二人に向かって、バルコニーから手を振るスマイルの姿が見えてきた頃、唐突に目の前を行く少女が振り返った。
「……ポエット？」
どうした、という言葉を遮るように、
「メリークリスマス！ ユーリサンタさん！」
思わず呆気にとられたユーリに悪戯っぽく笑いかけたポエットは、すぐに身を翻してバルコニーへと降りて行く。
それを見送りながら、我に返ったユーリは小さく吹き出した。
――まあ、確かに先ほどの理屈で言えば私もサンタ扱いか。
だからそれもいいか、と思えるのは、自分で言い出したことだからではない。
今日は誰も彼もがサンタクロースになれる日なのだから。
それから、遠ざかる小さな背中に呟きかけた。
「メリークリスマス、ポエットサンタさん」