おかしなふたり


「ニャミちゃーんっ! これ、ぼくからのバレンタインデープレゼン……ぶ!!」
 無言のまま蹴り上げた足は、我ながら惚れ惚れするくらい綺麗にタイマーの顔にめり込んだ。もちろん、ちゃんと手加減したから鼻が真っ赤になる程度で済んでいる。
 ……いや、まあ、そりゃ国民的アイドルの鼻が真っ赤というのは問題があるかもと考えなくもないけど、ほっといてもしばらくすれば治るだろうし、タイマーの今日の収録は全部終わってるから問題なし。
「……ニャミちゃん、何やらひとりで納得しているところ悪いんですけど?」
「――? どしたの、ミミちゃん?」
 珍しく控えめなミミちゃんの呼びかけに我に返ると、「あれをごらん」とミミちゃんが一ヶ所を指差した。つられるようにして指差す方に顔を向けたあたしが目にしたのは、真っ赤になった鼻を押さえてしゃがみ込んでいるタイマーの姿だった。
 あたしたちの視線に気付いたのだろう、顔を上げたタイマーの目じりには涙が浮かんでいた。
 ――うーん、ホント、冗談抜きで綺麗に決まったからなー。かなり痛かったかも?
 ちょっぴり罪悪感が湧いたけど、それを悟られると悔しいので、ふくれっ面を作って見せた。……目の端に肩を震わせて笑いをこらえるミミちゃんの背中が見えたけど、あえて無視。
「ニャ、ニャミちゃん……いきなり何……?」
「ダーリンこそなんなの、その荷物」
「え、だからバレンタインデープレゼント」
 そう言って、タイマーはしゃがみ込んだまま、あたしの蹴りが決まっても落とさなかった箱をつきつけた。片手では持ちにくそうな大きさのその箱は、花柄の包装紙と色とりどりのリボンで綺麗にラッピングされていた。でも、扱いはずいぶん乱暴だから、中身は食べ物とか壊れ物ではないんだろうな、と予想する。
 ――そんなことを考えていたら、いきなり勢いよく立ち上がったタイマーが黙りこんだままのあたしに必死の形相で迫ってきた。
「あ! もしかして誤解してる!? 違うよ、これは本当にぼくからニャミちゃんへのプレゼントであってぼく自身は他の人からバレンタインのプレゼントなんてもらってない……いやそりゃファンの人たちからたくさんのプレゼントが届いたけど!」
 タイマーの方こそあたしが不機嫌な理由――別に怒ってるわけじゃないから。ホントに――を誤解したらしい。
 仕方がないな、と、ため息一つ。
「あのね、ダーリン」
「うん」
「そうじゃなくて、なんで、ダーリンが! バレンタインデープレゼント用意してるの!」
 そう。あたしが不機嫌になったのは――くどいようだけど怒っているわけじゃないから――ひとが用意したものよりよっぽど立派そうなものを持ってきた、その無神経さなわけなのよ。
 おかげで出しそびれた、あたしのプレゼント。手のひらサイズの包みの中は、ここしばらく通い詰めでアッシュに教わったフォンダンショコラ。――もちろん、お手本にアッシュが作ってくれたものの足元にも及ばないできだけど、「タイマー、きっと泣いて大喜びするっスよ」って太鼓判だって押してもらった。
 早く渡したくて、タイマーの仕事が終わるのを今か今かと待ち構えて。
 なのに、どうしてあたしの用意したプレゼントより凄そうなものを持ってくるのか、この男は。
「ええ!? でもアメリカじゃ男の人から女の人に贈るんだよ?」
「ここ、アメリカじゃないし! しかもそんな立派そうなの!! あたしへのあてつけ!!?」
「違うよ!」
「じゃあ何で!」
「だってずるいじゃないか!!」
「……………………はい?」
 ――ずるい?
 …………何が??
 予想外の返事に呆気に取られているあたしを他所に、言い合ってる内にすっかり熱くなってしまったタイマーは、止まらず一気に捲くし立てた。
「ぼくだってニャミちゃんにプレゼントを贈りたい!」
 ………………………………はい?
「あー……ダーリン? バレンタインデーっていうのはさ――」
「平たく言えば、好きな人にチョコを始めとしたプレゼントを贈る日じゃないか。ホントのトコロは知らないけど。それなのに、ニャミちゃんはぼくにチョコとかプレゼントをくれるのに、ぼくは何も贈れないなんて不公平だ! ニャミちゃんばっかりずるい!!」
 いや、そんなこと言われても。
 っていうか、それは「不公平」なの……?
 そもそもどの辺がずるいというのか。
「……えーと、あのさ、ダーリン。ホワイトデーがあるでしょ?」
「もちろんホワイトデーにお返しするけど! それだけじゃなくて、ぼくだってホワイトデーにニャミちゃんにお返しされたい!」
 力いっぱい主張して、滅多にないくらい真剣なまなざしであたしを見つめる。
 あたしはと言えば、ただただ呆気にとられてぽかん、と口を開けてしまっていた。
 にらみ合ったまま――ああ、これは適切じゃないな。あたしはぼけっとしてるわけだし。見詰め合ったまま? うぅん、それも違う気がする。
 とにかく、視線を交し合ったまましばらくの間、硬直したように動けなくなって。
 そして思い知らされた、当たり前の事実。
 文章、変だけど、それがその時の偽らざる心境だった。
 わかっていたはずなのに、なんだか凄く思い知らされた気分。


 なんてわがままなひとだろう。(自分のやりたいようにやって)
 なんて欲張りなひとだろう。(ひとつ残らず欲しがって)
 なんて負けず嫌いなひとだろう。(だけど、「好き」って想いはあたしだって負けてない)


「………………ぷふっ」
 堪え切れず、あたしは思いっきり吹き出してしまった。
「あはははははっ!」
 一度崩れてしまうと、もういけない。堰を切ったように笑いが止まらなくなる。しまいには、笑いすぎて涙まで浮かんできた。
 突然、目の前で大爆笑されたんだから、タイマーはさぞかし驚いたと思う。
 怒ってるんじゃないか、って思っちゃうくらいまじめな顔をしてたタイマーが、さっきのあたしみたく目を丸くして、まるでハトが豆鉄砲をくらったみたいな顔になっていた。
「え? え? なんで? 急にどうしたの、ニャミちゃん?」
 さっきまでの勢いはどこへやら。うろたえた調子で声を掛けてくるけれど、それでもあたしは止まらない。むしろますますツボに入って。
 しまいには、自分でも何がそんなにおかしいのかわからなくなっていた。



 それからけっこうな時間が経って、ようやくあたしの笑いが収まった頃。
「――そこまで言われたら仕方ないから、ダーリンのプレゼント、もらってあげるわ」
「ほんと!!」
 心の広いあたしは、タイマーにプレゼントを渡した後――食べる前から泣いて喜んでくれた――タイマーからのプレゼントを快く受け取ってあげることにした。
 受け取った箱は、大きさの割りにあんまり重くない。この場で開けるわけにもいかないし、だけどやっぱり中身が気になったので、てっとりばやくタイマーに訊ねた。
「で、ダーリンのプレゼントってどんなものなの?」
「あー、うん。アメリカ様式にのっとってみたんだけど」
「うん」
 だから、何? って促すと、なぜかほんのり頬を染めて、

「――下着一式」

 今度二人っきりになる時ぜひ着けてきてね、なんて言うものだから。
 とりあえず一発殴っておいた。





「どーでもいーけど、私、忘れ去られてる? いやん、ニャミちゃんの薄情者―」
「……まだ、明日の仕事の打ち合わせが残ってるのに……」
「あれはまだまだ時間かかりそうだよー……って、アイスったらいつの間に」
「最初からいたんだけど……」
「あらー、ぜんぜん気付かなかったわ。ほほほほ」
「…………」





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