Song Christmas


 どうしようか、と互いに顔を突き合せるのが日課になりつつある最近。
 今日も今日とてスギとレオは休憩時間の合間を縫って、間近に迫ったその日に、どんなことをすればびっくりしてもらえるだろうと真剣に話し合っていた。真剣といっても、その様子は傍から見れば壮大な悪戯を計画している悪ガキそのもので、周りからそれなりに温かい眼差しを向けられていることもしばしばだったのだけれど、そんな視線に気付かないくらい二人は計画を練る事に集中していた。
 びっくりさせたい、驚いて欲しい。
 ドキドキする音が聞こえるくらいびっくりするような――そのくらい喜んでもらえる贈り物ってなんだろう?
「ビックリサプライズなプレゼントってむずかしーなー……」
「……ビックリとサプライズって、意味おんなじじゃ」
「いや、そこ、ツッコミ所と違うから」
 いつも通りに軽口を叩き合いつつ、互いに思い浮かべるのはちょっとしたことでもすごく嬉しそうに笑顔を浮かべる少女たち。
 だから、もっと、と思うのだ。
 もっとたくさん、嬉しいことを、楽しいことを。
 その想いを一番に、更に妥協せずに話し合った結果、ようやくプレゼントが決まりかけたのは、その日の前日になってからだったのだが。
「……でも、このネタ、前もやったし」
 二番煎じじゃないか、新鮮味がないだろう、とレオが納得いかない様子で首を捻る。すると、スギが真顔で反論してきた。
「だからといって僕はうっかりプレゼント交換な雰囲気の中で渡したくないし受け取りたくない本命のプレゼントがあるんだ」
「素直にその後に予定入れてる、って言えば」
「明後日レストラン予約してる」
「誰もそこまで具体的に言えとは言ってない。っていうかだから別にそういうプレゼントを贈ろうって言ってるわけじゃなく」
 二人に贈りたいものと、二人っきりの時に贈りたいものでは微妙に、けれど確実に違うという点ではレオも同意するところだ。
「わかってる、話を戻そう。逆に二度もあると思ってないんじゃないかな? これが三度四度となると驚くどころか恒例行事になっちゃうだろうけど」
「脱線させたのスギだろう……それはともかく。まあ、確かに二度目までなら効果的……かなぁ?」
 口では納得した様子を窺わせつつ、それでも、うーん、と首を捻るレオに、「だからさ」とスギは小声で続けた。別段、周囲に耳をそばだてるような人影はないのだが。
 しばらくスギの話に耳を傾けていたレオは、なるほど、と面白そうに頷いた。
「それはアリだね」
 そう言って、ニヤリ、とレオが笑みを浮かべれば、
「なんだってアリさ」
 と、スギは肩を竦めて言ってみせる。
「なにせ、明日と明後日は奇跡やらなにやら大盤振舞いで巻き起こる二日間だからね」
「――ま、僕らのたてた計画なんてかわいいもんか」
「そういうこと」
 そして、パチン、と手を叩き合わせた。
 贈るものは決まったけれど、残された時間は少ない。急いで準備しなければいけないだろう。この時期しなければならないことなんてただでさえ山積みだ。師走、とはよく言ったものだと思う。
 週間の天気予報は、晴れマークが並んでいる。雪が降らないのは残念だと思っていたが、プレゼントが決まった今となってはむしろそれがありがたい。
 休憩時間が終わりを告げて、スタッフから声が掛かる。
 まずはこの仕事を終えてから。
 明日の聖なる夜までに。



 ぱたぱたと足音を響かせて、リエが外の様子を窺うために窓辺に駆け寄る。それからしばらくして、しょんぼりと肩を落としてパーティの準備が整ったテーブルの傍に戻ってくる回数も、そろそろ片手で数え切れなくなる頃だ。
 さなえも、何度も時計を見遣っては、心配そうに眉根を寄せる。
「スギくんとレオくん、どうしちゃったのかなぁ……」
「そうね。全然連絡も来ないし……」
 これでパーティを企画したのが自分たちで、スギとレオを招待していた、といことであれば、急な仕事でも入ったのだろう、と納得できる――それでも連絡が来ないことに心配はするが――のだけれど、「イブの夜なら空けられそうだから、みんなでパーティしよう」と誘ってきたのは未だやってこない当のスギとレオだ。さなえがバイトをしている雑貨屋の主人が、空いている小部屋を使っていいよ、と許可してくれたのでその言葉に甘えて、さなえのバイトが終わってからパーティを、という段取りが決まった。スギとレオの仕事の都合も考慮し夜の7時開始と決めたのだが、その時間からすでに数分経っている。
 パーティが決まってからしばらくの間、ろくに連絡も取れていなかったが、参加がダメになったり到着が遅れることになりそうだったら、携帯電話なりメールなりで連絡をくれるはずで、それができないくらい忙しかったのだろうか? それならばまだいいが、もしも事故に遭ったりしていたら――
「――もうっ、スギくんもレオくんも、時間まちがえてるのかなぁ」
 思わず暗い思考に陥りそうになるのを振り払い、ぷぅ、と頬を膨らませているリエの隣で、携帯電話を耳に当てていたさなえが、ふう、と小さく息を吐いた。
「……やっぱり駄目ね。電源、切ってるみたい」
 本当にどうしたんだろうね、と女の子二人が心配そうに顔を見合わせた時だった。
 ボーン、ボーン、と突然鳴り響いた音に驚いて、音のした方を振り返る。音の原因は据え置かれた大きな振り子時計だった。
「び、びっくりたぁ……でも、なんで、こんな時間に鳴り出したんだろう?」
 時間はそろそろ10分を過ぎようかという頃だから、鳴り出すには可笑しい時間、のはずなのだが、リエと同じく振り子時計を見ていたさなえが微苦笑を浮かべて時計を指差した。
「リエちゃん、よく見て。この時計では、これであっているんだわ」
「え……? あ」
 振り子時計は今7時をさしたばかりだった。
 普段、あまり使用しない部屋に置かれた時計であるせいか、時間がずれていたことに誰も気付かなかったか……10分くらいのずれならば、と放置されていたのだろう。
 さなえはもちろん、店番をしている最中に何度も時計の鳴る音は聞いていたけれど、そういう時はあまり細かく時間を気にしていなかったから、音が鳴り出す時間と、世間一般の標準時間にずれがあることに気付いていなかったのだ。
 ボーン、と最後の音の余韻が消えようかとする頃、余韻に混じって、聞きなれた、けれど聞こえるはずのないものが聞こえてきた。
 リエとさなえは、きょとん、と顔を見合わせて、不思議そうに耳を澄ました。
 軽やかなギターのメロディと、陽気なクリスマスソング。
 それが外から聞こえてくることに気付いて、二人そろって窓辺に駆け寄り窓を大きく開け放った。外の寒い空気と町のざわめき、そんなものと一緒に聞こえてくる歌声は間違いなく彼らのもので。
 けれど、窓の外にそれらしい人影は見当たらない。
 それでも歌は空から降り注ぐように聞こえてきて――
「……空……?」
 その不自然さに気付いたリエが頭上を見上げると、ゆらゆら揺れる靴の先がちらりと見えた。
 まさかまさか、と上を見上げるリエの隣で、同じように窓から上を見上げたさなえも動きを止める。
 やがて歌が終わって、ごそごそ動く音がしたかと思うと、屋根の上からひょっこり現れた顔はスギとレオの二人だった。頭には赤い三角帽子がのっている。
 妙なところから現れた青年二人は、呆気にとられて、ぽかん、と口を開いたままのリエとさなえを見て満足そうに手を叩き合わせた。
「びっくりした?」
「……した」
「二人とも、何でそんなところにいるの……?」
 もっともなことをさなえが訊けば、
「ちゃんと店長さんの許可はもらってるよ?」
「ちょっとびっくりさせようと思って」
 気楽な調子で笑う青年たちを、少女たちはまじまじと見上げ――同時に、吹き出した。
「もー! リエもさなえちゃんも、心配したんだからね! 時間になってもこないし携帯電話で連絡も取れないし」
 笑いながらも、お説教は忘れない。
「あー、携帯は電源切ってたから。うっかり着信音が元で上にいることがばれると切ないし……でも、時間はぴったりだったでしょ?」
「もしかして、時計の音で時間を計ってた? あの振り子時計、10分くらい遅れてるようなの」
「げ。さなえちゃん、それホント!? うわー、それはごめん」
「……事前調査はちゃんとしておけよ、レオ」
「ぼくだけのせい!?」
 そうやってひと通り、屋根の上と窓際からやり取りを繰り返し、それが一段落ついた頃、「それはさて置いて」とレオが物を横に退ける仕草をした。
「臨時サンタがお届けする、屋根の上からスペシャルライブでーす。リクエストがあれば、どーぞ」
 ひげはないけどね、とレオの隣でスギが茶化す。「ひげがあると歌いにくいって文句言ったのはスギだろ」とレオがすかさず文句を返し、普段の舌戦が開始された。それを見て再びくすくす笑っていたリエとさなえだったが、このまま止めないでいると延々続けそうだと思い至った女の子たちは、こくん、と頷きあって臨時のサンタたちに声を掛ける。
「リクエスト、してもいいですかー?」
 一も二もなく「もちろん」と綺麗にハモった返事が返ってきた。



 歌声が降ってくる。
 明るくて、楽しくて、嬉しくなるような、そんな歌。
 窓枠にひじを掛け、うっとりと聴き惚れていたリエは、隣で同じように空から降り注ぐ歌に耳を傾けていたさなえと視線を合わせる。
 ――すごいサンタだね。
 ――ね。
 口だけ動かして、今の気持ちを親友に伝えると、同意する返事が返される。
 歌を降らせるサンタなんて聞いたことがないから。
 こんな素敵なサンタは、そうはいない。
 世界中に自慢したくなった。





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