ぎゅう。


 がたん、ごとん。
 がたん、ごとん。
 線路は続くよどこまでも。
 電車は揺れるよいつまでも。
 ――いや、各駅停車だから駅に着くたびにいちいち止まるけど。
 何となく思い浮かんだフレーズに自分でツッコミ返していれば世話はないと思いつつ、目的地までの間に横たわる駅数にスギはがくりと肩を落とした。
 実のところ、そんな些細な動きすらままならない現状だったりするのだが。



『紅葉を見に行こう』
 誰が言い出したか今や判然としないが、その時居た四人全員、同じ気持ちだったことは間違いない。あっという間に行き先が決まり、女の子たちは「お弁当を作ってくるね」と大張り切りで。決まるまでの一連の流れを思い浮かべるに、この紅葉のシーズン、街中至る所で見かける各地の名所のポスターに感化されていたことは否めない。
『今度の休日はどこに行こうか』
 そんなことを話し合いながら、全員の脳裏に色鮮やかな赤が乱舞していたのだから。
 これはもう、刷り込みどころか一種の洗脳だ、公害だと訴えてもいいじゃないかと、スギは頭の片隅でちらりと考える。
 紅葉、の二文字に踊らされるのは、当然のことだが、一部の人間ばかりではなく。
 だとすれば、休日に何が起こるかは自明の理のはずで。
 わかっていたはずなのにわかっていなかった僕はどうせ馬鹿ですよ、と逆切れしかけていたのはレオだった。
 さなえは目前の状況に困ったように微笑を浮かべていた。
 リエは少し怖気付いたように、スギの服の端を掴んでいた。
 スギはと言えば、遠い眼差しで虚ろな笑みを浮かべていた。
 四人の眼前に広がるのは、駅構内を埋め尽くす人の波――というには大袈裟すぎるかもしれないが、それでも通勤・通学ラッシュに準じるかもしれないほどの人の群れ。
 そしてもちろん、待ち構えているのは満員電車。



 ――何と言うか、身体が斜めのまま固定されるって、地球上の生物としてそれはどうなのさ。
 別にスギが好きで身体が斜めになっているわけではなく、人に押されて無理矢理その状態に固定されているので、体勢を立て直そうにも直せない。それどころか片足が浮いた状態であるというのに、転んでしまいそうな気配すらないというのはちょっと楽しいかもしれない、と思ったが。
 ――他人の背負ったリュックが当たって痛いのはいただけない……
 満員電車に乗る時は、背負っている荷物は手に提げるべきだと痛感する。スギ自身がそれを実行できているかどうかについてはさて置いて。
 不安定なのに不動という、矛盾した体勢のまま、スギは押し合う人の隙間を縫うように視線を走らせた。
 今、スギの周囲に見慣れた顔がひとつもない。満員電車に無理矢理身体を押し込めるように乗り込んだ時は四人そろっていたが、二駅目を過ぎる頃には乗り降りする人の波に流され分断されてしまったのだ。ただ、完全に離れ離れになってしまったわけではなかった。
 伸ばした右腕は人込みの中に埋もれてしまっていたが、ぎゅ、と握ると確かに握り返される。
 もっとも、繋いだ手の先にいるはずの少女の姿を求めても、視界は押し合う人々に遮られてしまうけれど。
 どうしたものかとスギがため息を吐きたくなった頃、電車が次の駅に到着した。
 乗り降りする人の流れが隙間を生んで、一瞬晴れた視界の先にリエの姿を認めたスギはここぞとばかりに腕を引き寄せた。ちょうど乗り込もうとした人波に押される形で、少女の小柄な身体がスギの胸に飛び込んでくる。
 そして間髪いれずに押し寄せる人の群れ。
 咄嗟にリエを抱きしめるように回した腕は、彼女を守るためだと言い張りたいところだ。
 大丈夫、と小声で尋ねると、うん、と少しくぐもった声が答えた。
 電車が揺れるたびに、前後左右、四方から押されてリエの背に回した腕に力が入る。腕の中の少女が苦しくないようにある程度の空間は確保したいところだが、人が隙間なくひしめきあっている満員電車という空間内で、それは不可能に近い。
 ぎゅう、と押されて。
 ぎゅう、と抱きしめて。
 いや、抱きしめてるわけじゃなくて押されて結果的にそうなってるだけなんだよ、と心の内で言い訳もしていたが。
 駅に着くたびに、電車が止まって人が流れる。人が乗り降りする僅かな間に生まれる隙間にリエが離れようとすると、スギは回した腕にさり気なく力を籠めた。
 ぎゅう、と抱きしめた瞬間、ぎゅう、と押されて、抱きしめているのか押されているのかあやふやな状態になる。
 スギくん、と小さく呼ばれて視線だけ――何せ首を動かすのも大変なため――ちら、と下に向けると、恥ずかしそうに見上げてくるほんのり赤く色付いた顔が見えた。
 ――こうしてないとまた離れ離れになっちゃうし。
 もっともらしく答えると、納得したのか、諦めたのか、スギの胸元に置かれていただけだったリエの手がスギの服を掴んだ。
 ぎゅう、と握り締める。
 離れてしまわないように。
 スギは目的地までの駅数を数えると、到着するまでの残りの駅数に、やっぱりがくりと肩を落とした。
 その理由は電車に乗ったばかりの時と180度違っていたけれど。



 相も変わらず、がたん、ごとん、と電車は揺れて。
 そのたびに、ぎゅう、と。












 そういえばさなえちゃん――と、ついでにレオ――は大丈夫だろうか、とスギが不自由な首を何とか動かすと、いつのまにかさなえと二人、ちゃっかり座っているレオと目が合った。
 得意気な表情を浮かべるレオの口許が、音を出さずに言葉を紡ぐ。
“いいだろう”
 わざわざわかり易いように、ゆっくり大きく口を動かしているのが、余計に癇に障るが、スギも負けじと口を動かす。
“羨ましいだろう”
 レオの位置から、腕の中のリエまで見えているかわからなかったが、とりあえず自慢した。レオの座っている位置からも二人の様子がちゃんと見えていた、ということが判明したのは、当のレオが返した次の返事からだ。
“やかましい、バカップル”
 これがまた余りにも悔しそうに返すものだから、
“なんとでも”
 とりあえず勝ち誇ってみた。





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