どきどき


 他人の気配がまったく感じられない無機質な部屋。
 すべての音が死に絶えてしまったような中で、硬質なフロアに響き渡る自らの足音がやけに耳に付いた。
 開いたままの扉をくぐり、何かの実験道具が乱雑に散らばる中を慎重に進む。
 その時、自分がたてたのではない、異質な音が聞こえた。
 その音は徐々に近付いてくる。
 恐怖か、好奇心か、判然としないまま立ち尽くしていると、やがて物陰からソレが姿を見せた。光を失った眼差しが虚ろにこちらを見つめ――
 手近な扉を目指して踵を返すのと、ソレが固いフロアを蹴り出したのはほぼ同時だった。
 彼我の距離を一瞬で無にするような速さで迫ってくるソレを、すんでのところで飛び込んだ部屋の扉を閉めて遮る。固く扉を閉ざし、ほっと息を吐くが、その背後には新たな影が――



「――――っ!!」
 これで何度目になるだろう。
 声もなく僕にしがみついてきた彼女にちらりと視線を向けると、案の定、ぎゅっと瞳を閉じてしまっていた。
 大丈夫だよ、と肩に回した腕で宥めるように背中を軽く二、三度叩くと、恐る恐る瞳を開けてそうっとテレビに顔を向け、
「!!」
 未だ続く怪物との戦闘シーンに、すぐ僕にしがみついてくる。
 そんなに怖いなら、何も無理して見なくても、と思うんだけど。
 ここは映画館でもなんでもない、僕と相棒が住んでる家のリビングだ。ちょっと奮発して買ったプラズマテレビから流れているのは借りてきたDVD。観客は僕とリエちゃんだけ。
 そもそものきっかけは、この度めでたくも無事2作目の公開が決まった話題作の1作目をリエちゃんが見たいと言っていたことにあった。借りてきたDVDを手にやって来て、「見たいけどひとりじゃ見れないから一緒に見てくれる?」とお願いされた時は、一瞬意味がわからず呆気に取られたものだけど……見始めて数分でその意味を実感した。
 アクション――ぶっちゃけた話、怪物との戦いがメインの映画だから、数分の間も空けることなくショッキングな映像が続くわけで、それがよほど怖いのかすぐに僕にしがみついて瞳を閉じてしまう。
 ――これじゃあ、確かにひとりじゃ見れないよなぁ……
 でも、そんなしょっちゅう目を閉じていたら映画の内容なんてわからないんじゃないだろうか、と思う。
「……リエちゃん、やっぱり見るのやめる?」
 そう僕が尋ねると、リエちゃんはしがみついた手を離さないまま小さく頭を振って、僕とテレビ画面を交互に見つめる。それから、ぽつり、と呟いた。
「……怖いけど、見たいんだもん」
 その理屈は、まあわかるんだけどさ。
 いや、そんなことより、潤んだ目で上目遣いに見つめないで欲しいんですが。
 なんだか無性に試されている気分になるのはなぜだろう……。
 そんな会話をしている間にも、当然、物語はどんどん進んでいく。気が付けば場面は次のシーンに移っていた。ロクに見ないまま過ぎ去って行ったシーンはこれでいくつ目だろう……。
「どうする? ちょっと戻す?」
「え、し、しなくていいよっ」
 ――それでちゃんと内容わかっているんだろうか……
 どう見ても、映画の内容どころじゃない様子で僕にしがみついてくるリエちゃんに、思わず口許がゆるんでしまう。
 でも、
 ――映画どころじゃないのは僕も同じだけどさ。
 そのこともわかっているから、ゆるんだ口許は微苦笑に変わった。
 ぎゅうっ、と力いっぱい抱きしめられる度に、うるさい位に跳ね上がる鼓動。
 まだ、それには気付かれていないようだけど。
 ――今だったら、それに気付かれても映画のせいにできるかな。
 などと考えていれば、映画を見ていても内容まで脳に届くはずもなく。
 以前に見ておいてよかった、とこっそり胸を撫で下ろしていたのは内緒の話。





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