自家製ホッカイロ


 それは本日の仕事が終わり、はぁやれやれ、と気を抜いた一瞬にやって来た。
「ニャミちゃん! 聞いたんだけど来週まるまるオフなんだって!? じゃあさ、一緒に雪山に行かない!? お洒落なペンションで食事も評判で温泉もあるところなんだけど! 二泊三日!!」
「ダーリン。落ち着いて、順序よく、わかりやすくしゃべって。そして何よりだから公衆の面前で抱きつくなって言ってんでしょーが!」
 控え室のドアをノックもなしに入って来るや否やこっちが口を挟む間もなく一息でしゃべり、そして問答無用に抱きついてきたタイマーをあたしは懇切丁寧に諭しつつべりっと引き剥がした。抱きつくタイマーは実に剥がしにくかったので、思わずボディにいい蹴りが入ってしまったことは不可抗力以外のなにものでもない。
「ニャミちゃんたら、相変わらず愛情表現が厳しいわねー。それに公衆も何もどうせ見てるのは私とアイスだけなんだから、私たちの事は空気だとでも思ってくれればいいのにぃ」
「……ミミちゃん、そういうセリフはせめてそのにやにや笑いを収めて言うべきだと思うわ」
 あたしの右斜めやや後方にいるミミちゃんに向かって振り返らずにそう言うと、ミミちゃんの「……なんで見てないのにわかったのかしら」って呟きが聞こえた。わからいでか、どれだけ一緒に組んでると思ってるの。……っていうか、やっぱ笑ってたわけね。後で報復決定。
 ちなみにさっき名前を挙げられたアイスは、タイマーが開けっ放しにしたドアをそれでも礼儀正しくノックしてから入ってきて、床にうずくまるタイマーを一瞥すると、はあ、とため息をついていた。そう言えばアイスがため息をつく所をよく目にするな、と気付いて、彼も彼でタイマーの相手はそれなりに苦労が多いらしいと思うとちょっぴり同情の念が沸く。
 アイスに助け起こされたタイマーは、涙で潤む目をまっすぐあたしに向けてきた。
「……ニャミちゃん、ぼくと旅行に行くのそんなに嫌……?」
「だいじょーぶよ、タイマー。ニャミちゃんはちょっと愛情表現が痛いっだけだってことはタイマーが一番よく知ってるじゃない」
「……あのね、ミミちゃん」
 いやあの、なぜにミミちゃんが答えてるのか。しかも自信満々に安請け合いをしているのか。それからあれは愛じゃなくて、あえて言うならば教育的指導だというのに。
「まあ、確かにニャミちゃん雪……っていうか寒い所や温泉にはあんまり興味ないでしょうけどもー」
 それはまあ、猫ゆえに。
 ――と、思わず頷いてしまってから、あたしは固まった。
 ついつい頷いてしまったわけだけど、当然目の前にはタイマーがいるわけで。と言うことは当然のごとくミミちゃんの言葉に頷いた所をしっかり見られていたわけで。
 もちろんあたしにとってミミちゃんの言葉に頷くってことは、タイマーの誘いを断ることとイコールではないけれど、傍から見たら限りなく同じ意味に見えるだろうなってくらいは把握している。
 あぁ、ヤバイ、マズイと思った時には後の祭り。
 じぃっとこっちを伺っていてたタイマーの目溜まった涙が今にも零れ落ちそうになっている。
「……そ、そうだよね……やっぱりダメだよね。嫌だよね……」
 ああああああ! もう! ほらやっぱりそう来たよ!
 だから大泣き寸前みたいに顔を歪めるなそこのいい年した国民的アイドルー!
「あーもう、嫌だとは言ってないでしょダーリン! 勝手に自己完結して泣かないの! ミミちゃんも余計なこと言わない!!」
 そう叫ぶように言った瞬間、これでもかというほどあからさまにタイマーの顔が輝きを増した。
 アイスはほっとしたような、苦笑気味の微笑を浮かべて。
 後ろを見れば、ミミちゃんはきっと最初からしていたであろうにやにや笑顔で「これは間違いなく婚前旅行ねひゅーひゅー」なんて馬鹿なことを言ってくる。
 ことここに至り、あたしはようやく先ほど口走った言葉とまわりの状況を把握して――
 ――もしかして、墓穴掘った? っていうかなに、嵌められた?
 そのことに思い至った時はすでに遅く、タイマーはあたしが一緒に行くこと前提ですごく盛り上がっている。あー、とか、うー、とか唸ってしまっているあたしに気付いた様子はまったくない。
 ――だってしょうがないじゃないの。
 こんなキラキラ笑顔のタイマーにどう断りを入れろというのか。
 ……何よりも。
 タイマーに誘われて嬉しくないなんて、そんなわけあるはずのない状況で。
 タイマーはあたしの両手をぎゅっと握り締めると、ぱたぱた元気よく動き回る尻尾の幻覚が見えそうなくらい――今度からウサミミ帽子でなくイヌミミ帽子に変えた方が良いんじゃなかろうかと本気で思った――上機嫌で、
「じゃあいいんだね! みんなで一緒に雪山旅行!! あ、もちろんミミちゃんも来てくれて大丈夫だから!」
 ……………………。
 …………………………………………『みんな』?
 一瞬目が点になったあたしに、アイスが申し訳なさそうに説明してくれた。
「いや、実は来週、タイマーのプロモ撮影で雪山に行くんだ。ただ、ペンションの受け入れ人数にまだ余裕があってそこでニャミちゃんのオフ情報を聞いたものだから、タイマー張り切っちゃって」
 せっかくのアイスの説明だけど、微妙にあたしの耳を通り抜けていく。いや、言いたい事は――言ってることは嫌というほどわかったけどね?
 えーえー、確かにタイマー一言たりとも言ってませんでしたけどね?
 なんだか勝手にこっちで勘違いしてただけだということに図らずも気付かされてしまっただけですけどもね?
 ……何に、とか何が、とは言うな聞くなそっとしておいて。
 そりゃもう、心底脱力してがっくり項垂れてしまったあたしの肩が、ぽん、と叩かれる。
 そんな行動をとる人は――場所的にも性格的にも――もちろんミミちゃんしか居ない。ぼんやりと振り返ると、長年の相方はそれはそれは生暖かい微笑を浮かべていたわけですよ。
「まあ……二人っきりではないとはいえせっかくの旅行であることに変わりは――あるかもしれないけどそんなものは気の持ちよう?」
「……いや、別に二人きりとか期待してないし。当然そんな慰め必要ないし、そもそも別に落ち込んだりしてないから」
 ……いやまあ、我ながら説得力がないとは思う言葉ですけれども。にこやかな笑顔を浮かべたつもりだったけど、どうにも頬の筋肉が上手く動かない気がするのは気のせいだろうと思いたい。
 そんなあたしにミミちゃんは両手を広げて、
「……ニャミちゃん、いいのよ、悲しい時はいつでもこの胸に飛び込んでらっしゃい」
「拳をえぐるようにして飛び込んでもいいのなら」
「その場合、飛び込み先はあちらになります」
 ミミちゃんが手を差し向けた先には、アイスを巻き込んで小躍りしているタイマーの姿が。
 女の子二人の秘密トークは幸いタイマーの耳には入らなかったらしく、こっちの気も知らず、楽しそうにはしゃいでいる。
 殴っちゃダメだろうかとミミちゃんに目で尋ねると、「思う存分好きなようにおやり」という返事が返ってきた(様な気がする)ので。
 あたしは無言のままタイマーをしばき倒した。
 苦笑を浮かべたアイスもそれを止めることはしなかった。



 ペンションは確かに『評判の』と言われていることが納得できる素敵な所だった。
 暖色系の壁紙や家具でまとめられた室内は、身体で感じる温度よりもっと暖かい気分にさせてくれる。手作りらしいタペストリーや小物がなんだかとてもいい感じだ。
 リビングにある大きな暖炉には薪がくべられて赤々とした火が踊っている。
 あたしとミミちゃんは、このペンションのオーナーの奥さんだと紹介された女性に泊まる部屋へと案内された。タイマーとアイス、それにプロモ撮影のスタッフさん達はオーナーに別の部屋へと案内されていたけど、すぐに部屋から出てきてリビングの大きなテーブルに集まり、早速プロモ撮影の段取りのミーティングを始めている。それを横目に、関係ないあたしとミミちゃんは案内してもらった部屋に入っていった。
 二階にあるその部屋に入った途端、大きな窓の向こうに広がる一面の銀世界。暖かい部屋の中から見ると、窓の向こうはまるで別の世界みたいだった。
 この部屋でも、使われているのは暖かい気分にさせる色合いのものが多く、シーツやクッションのカバー、カーテンなど手作りらしい数々の品はとてもかわいらしい。ドア口に立っているだけで居心地が良いと感じられる素敵な部屋だ。
「うわー、いいお部屋ですねー」
「本当―!」
 お世辞抜きであたし達が賞賛すると、にこにこと笑顔の可愛らしい奥さんは照れくさそうに「ありがとうございます」って言った後、
「特にここはうちの中でも一番景色が良い場所なんですよ。お二人にはうち一番の部屋を、っていうタイマーさんのご要望で」
 そう教えてくれて、なんでかあたしを見ながら楽しそうにくすくす笑い。ミミちゃんも「へーそうなんですかー」ってにやにや笑いながら横目であたしに視線を寄越してくる。
「……なんだっていうのさ」
 うん、まあ、言いたいことは何となく察していたけれど、下手に何か言おうものなら藪蛇になる事は間違いない。
 できるだけそっけない口調で言ったつもりだけど、奥さんとニャミちゃんはますます楽しそうに顔を見合わせていた。
「……ねーねー、ニャミちゃん」
 奥さんがいったん出て行った後、荷物を降ろしたミミちゃんがこっそり耳打ちしてきた。この部屋には二人しかいないんだから、これ以上誰に対して何を秘匿する気なのか、そう思ったけれども。
「ほんっと、ニャミちゃんて愛されてるわねー」
「――発言意図が不明でしてよ、ミミちゃんたら」
「おやおやー? 顔が赤いですぞ、ニャミちゃん?」
 知らぬ存ぜぬで通そうにも、さすがに顔色を秘匿するには至らず、さんざんミミちゃんにツッコまれるはめになってしまった。
 おのれミミちゃん。ほんっと、最高な性格ですこと!
 そんな風に騒ぎながら荷物を片していると、ドアがノックされた。
「「どうぞー」」
 あたしとミミちゃんとで綺麗にハモって答えると、開いたドアから顔を見せたのはタイマーだった。
「ダーリン、どうしたの?」
「うん、これから下見も兼ねて簡単なカメリハすることになったから、出かけてくるね」
「そうなんだ。気をつけて行って来てね。ケガとかしちゃだめよ、ダーリン」
「わかってるよ」
「あら、いやん。なんだか新婚夫婦のお宅に遊びに来ちゃった、みたいなやり取り?」
「……なに寝ぼけたこといってるのミミちゃん……ほら! ダーリンも顔赤くしてないでさっさと行ってきなさーい!」
 げしっ、と蹴って送り出――そうかとも思ったけれど。
 うん、ほら。大事な仕事前に怪我とかしちゃダメじゃじゃない?
 だから背中をぽん、と叩くだけにしておいた。
 タイマーは嬉しそうに振り返り、
「ニャミちゃん、行ってきます」
 ……そんな蕩けそうな笑顔で、改めて言わないで欲しい。
 こっちの方が照れるじゃない。
 っていうか、ちゃんと前を向いて歩けというに。
 案の定、タイマーは階段を踏み外して転げそうになり、怒るアイスや心配したり笑ったりするスッタフさんたちで階下はすっかり騒がしくなっている。
 タイマー……こんなんで本当に大丈夫だろうか。
 これからの撮影のことを思い、あたしはちょっとどころでなく心配になった。
「もしかして『撮影安全』のお守り買っておくべきだった?」
「うん、なんというか気持ちはわかるけど、そういうお守りって聞いたことないね」
 続けて、いやでも本当ニャミちゃんて実はかなりけなげよねー、ってミミちゃんの呟きが聞こえてきて。
 あたしは何にも言えなくなってしまった。



 半ば、タイマーの勢いに押されてやってきた雪山のペンションだったけれど、実はあたしはすることがあんまりないという現実があったりする。
 寒いの、嫌いだし。つまり、スキーとか嗜まないし。できないわけじゃないけど、好んで寒い中へ出かけようとは思わない。
 ちなみにミミちゃんはさすがウサギなだけはあり、いそいそとスキー用具を借りて出かけていったけども。
 あと、長風呂しないし。つまり、温泉に飛び跳ねて喜ぶ性質でもないし。
 ペンションの二大売りをいきなり否定していることに、罪悪感が沸かないでもない。オーナーも奥さんも素敵な人たちだけに。
 あたしはぼんやりと窓の外を眺めていた。
 奥さんが入れてくれたホットミルクの入ったマグカップを両手で持ち直す。両手からじんわりと広がる熱を感じながら、思いを馳せる。
 タイマーはちゃんと仕事しているだろうか、とか。
 馬鹿なことしてスタッフさんたちに迷惑かけてないだろうか、とか。
 怪我してないだろうか、とか。
 あとどれくらいで戻ってくるだろうか、とか。
 …………。
「いやだから寂しいとか心配とかそういう意味ではなくて、ちょっとそろそろ退屈だからダーリンがいれば退屈とかとは無縁だし!」
 ――というか、誰に何を釈明してるのあたし……。
 誰もいない部屋で釈明に躍起になる虚しさに我に返る。気が付けば目の前の大きな窓ガラスはすっかり曇ってしまっていた。
 白く曇った窓を拭いても、またすぐ白くなってしまう。一瞬拭われて晴れる視界の先もまた白く、白は空からも舞って来て、来る時には一面を覆っていた青の欠片すら見えない。
 外はどれだけ寒いのだろうか。
 タイマーはきっと体中冷やして帰って来るに違いない。
 けれどもあたしが何かするまでもなく中は暖かい。帰ってくればこうやって温かい飲み物だって出されるだろう。雪が身体に積もっても、スタッフさんたちがタオルの1枚や2枚、余裕で持って行ってる。
 結局あたしができるのはこうやって待ってて、帰ってきたら「お帰り」って言うだけかと思うとなんだか悔しい。ミミちゃんは、「タイマーにとってそれが一番大切なことなのよ」って鼻を膨らませて得意げに言ってくれるけど、もっともっと、他にできることはないだろうか。
 そんなことを考えていたら、携帯電話から軽快なメロディが流れ出した。マナーモードにしてなかったことに今更気付き、急いで通話ボタンを押して着メロを止める。携帯電話に耳を当てながら辺りを伺うと、幸いミミちゃんは戻ってきた様子もなく――何せこういう時に限って傍にいるのがミミちゃんだし――あたしはほっと胸を撫で下ろした。
 あー、あぶなかった。うっかりこの着メロ聞かれてたらなんて言われるところだったか。
 ディスプレイに表示された履歴を確認するまでもなく、相手が彼だとわかるメロディ。
「もしもし? どうしたの、ダーリン」
 まさか何かあったのだろうかと――ほんの少しだけ不安に思って尋ねると、
『これから帰るから!』
 ……それは思い切り帰宅報告の電話で。
「あのね、ダーリン……」
『今、機材を片してる最中なんだ。あと1時間くらいで帰れると思うから!』
 ――人の話を聞けというに。
 そう、言おうとしたけれど、電話の向こうから小さなくしゃみが聞こえて、口から出たのは違う言葉だった。
「ダーリン? 大丈夫? そんなに寒い?」
『あー、うん。もうすごいね。ホッカイロが全然役に立たないよー』
 そんなに寒いのか。ホッカイロって局部的にしかあったまれないからそのせいもあるんだろうけど。
 その時、遠くからタイマーを呼ぶ声が聞こえた。電話を離してるんだろう、タイマーがその呼びかけに答える声が、少しだけ遠のいて電話越しにあたしの耳に届く。
『じゃあ、ニャミちゃん』
「はいはい。気を付けて帰ってきてね」
『うん!』
 何となく、傍から聞いたら親子の会話に聞こえないだろうかというようなやり取りをして、通話が途切れる。
 開いていた携帯電話をぱたりと閉じた。もちろん、マナーモードに変えておくことは忘れない。
 ――で。
 あたしはひらめいた。
 思い立ったら即行動――そうしないと間に合わないってこともあったけど。
 ちょうどスキーから帰ってきたばかりのミミちゃんと鉢合わせ、ミミちゃんはきょとん、と驚いた様子であたしを見返した。
「ニャミちゃん、そんなに急いでどこ行くの?」
「ちょっと温泉に!」
「……は?」
 そんなに意外な答えだったのか、疑問符を撒き散らして動きを止めた相方の隣をあたしは慌しく駆けて行き――通り過ぎていくばくも行かないうちに急いでUターン。
 ……お風呂セット、忘れてたもんで。



 リビングの方が騒がしい。脱衣所で着替えながら時計を見ると、タイマーから帰宅報告を受けて50分が過ぎていた。どうやら報告どおりにタイマーたちが帰ってきたようだ。
「ニャミちゃん、ほれ、お風呂セット貸しなさい。持っててあげるから」
「あー……ミミちゃん、ありがとー」
 あの後、一緒にお風呂に付き合ってくれたミミちゃんの言葉に甘え、抱えていたお風呂セットを渡す。
 あたしとしては記録的な長風呂に、目の前はふらふらするし、足元の感覚も覚束ない。つまりはすっかりのぼせてしまっていた。
 のぼせてふらふらする身体を叱咤してリビングまで何とか辿りつき、タイマーたちを出迎えた。元気よく迎えるつもりがどうしても調子が出ず、蚊の鳴くような声で「……おかえりぃ」と言うのがやっとだった。
「ニャミちゃんどうしたの!?」
 あせるタイマーに答える気力もなく。
 いいからさっさといつもどおり抱きつきに来てくれればいいものを、こういうときに限って学習能力でも働いたのか一向に近付いて来る気配がない。
 あーもう、そこまで行くのだって大変だって言うのに。
 あたしは「がんばれー」と自分で自分を励ましつつ自力でタイマーの前まで歩いた。けれど、目の前にあたしが立っているというのにタイマーはおろおろとうろたえるばかりで、仕方なくあたしの方から倒れこむ勢いを利用して抱きついた。
 思っていた通り、ジャケットを脱いだ身体もすっかり冷たくなっていて、むしろそれが今のあたしにはとても気持ちが良かった。
「ニャニャニャミちゃん!?」
 焦った声に思わず苦笑が零れる。少しはあたしの気持ちがわかっただろうか。
「ああああのさ、ぼく冷たいでしょ? それにほら、まだ髪の毛もちゃんと拭いてないからニャミちゃんまで濡れちゃうし」
 あぁ、ひょっとしてそういう理由で近付いてこなかった? さっきからぽたぽた冷たい雫はそのせいね。ほんとにもう、そういうとこばっかりフェミニストなんだからさ。
「だまっててー。のぼせちゃってるあたしにはちょうどいいのよー」
「のぼせ……? あ、うん、いい匂い。ニャミちゃん、温泉入ってたの?」
「なんかセクハラ発言ねダーリン。なによ入っちゃ悪い?」
「えー、えーとそんなことは……いや、けどそれならなおさら、せっかくあったまったのに冷えちゃうよ?」
「だからあたしは冷たくて気持ちいいんだってば」
「いやだからさ」
「……あったかいでしょ」
「……? うん」
「なんのためにがんばって長風呂してこんな身体のしんまであったまる以上にあったまってきたと思ってるの」
「…………」
 そこまで言って、ようやくタイマーの反論が止まった。
 代わりに、えへへ、って嬉しそうに笑う声が聞こえて、ようやくいつもみたいにしっかり背中に腕が回された。
「……言っとくけどダーリンがあったまるまで、だからね」
「――うん」



 後ろのほうで、「はーい、見せものじゃありませんよー」ってミミちゃんの声が聞こえた。
 グッジョブ相方。





ほっかいろ部屋