26.滝

 耳を打つ轟音に、イコは首を巡らせた。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中に向かって勢いよく流れ落ちる水流――滝、だった。
 その部屋は狭いわけでもないが、決して広すぎるわけでもない。四方を壁が取り囲み、各々の距離は等しいように見えて、正方形の形をした部屋なのだろうと思えた。
 入ってきた入り口のすぐ右側は石壁になっていて、ふたりが立っているのは壁沿いに延びる通路だった。左側――手摺の向こう、部屋の中央は天井まで吹き抜けとなっており、ふたりが立つ通路は一番上の方に位置していた。手摺から身を乗り出せば、遥か下では地面の代わりにきらきらと光を反射する水の揺らめきが見える。間断なく迸る瀑布が注ぎ込んでいるというのに水かさが増していく様子が見受けられないのは、ちゃんと排水口が設けられているからだろう。水場と二人が立つ通路の中間辺りにも壁沿いの通路が見て取れた。
 ふたりが立つ通路は折れ曲がることなく、正面の壁に突き当たったところで止まっていた。正面の壁の中央で、イコとヨルダが立つ通路よりやや低い位置に大きな六角形の――といっても、一辺が同じ長さの正六角形ではなく、下に向けられた矢印の先のようにも見える――穴が穿たれ、膨大な水流はそこから溢れ出し、滝となって部屋の中へ流れ落ちて行く。
 通路の半ばから左側の壁沿いの通路へ橋が架けられていた。しっかりした造りの橋の下に吊り橋が架かっているのが見え、その吊り橋は目前の橋と同じように中間の階を横断する架け橋であった。
 橋の傍まで進んだイコは、滝を右側に、橋の向こうを正面にして向かい合う。向かいの壁沿いに延びる通路もそれぞれ突き当りで止まっていた。向かいの通路に手摺はなく、幅が充分すぎるほど広いわけではないので、余所見をしながらその上を歩くと足を踏み外してしまいそうだ。
 向かいの壁にも大きな穴が空けられていた。否、穴、というのはおかしい表現だろうか。壁の真ん中、天井に近い位置で、大きな凸形に刳り貫かれた壁から燦々と陽光が差し込んでいる。燭台も松明もない部屋の主な光源は、そこから差し込む光だった。不安定に揺れることのない光は、部屋の中の陰影をくっきりと浮かび上がらせていた。
 橋を渡ってすぐ、ちょうど真正面には外へと続く出入り口があった。真上――と言ってもかなりの距離が開いているが――には凸形に空けられた壁がある。外からの陽光で白く霞む出入り口は、間近まで近付いてわかったことだが、鉄格子によって塞がれていた。しかし、周囲を見渡しても鉄格子を上げる仕掛けらしきものは見当たらない。
 他に先へ勧めそうな道筋はないかと首を巡らせたイコは、鉄格子から向かって左に延びる通路の突き当たりから一番下の地面――暗くて判り辛かったが、どうやら水場ではなく石床の部分もあるようだった――まで至る長さの鎖が吊るされていることに気付いた。もっとも、吊るされた鎖ではイコひとりしか渡ることができず、そこを通るのであればヨルダを置いていかなければならない。余り進んで利用したいと思えず、もっと他の道はないだろうかと反対側、向かって右側に目を向けた。
 そこでは延びる通路の突き当たりに、上へと登る梯子が掛けられていた。大きい凸形が空いている壁は、凸形の下の縁まで大人ひとり分ほどの距離を開けた位置を境目に、鉄格子の降ろされた出入り口そして梯子の掛けられている壁より、更に奥まった位置にあった。境目はちょうど段差になり、狭いながらも通路と呼べる代物となっていた。
 そこを通れば空けられた凸形から部屋の外に出ることができそうだ。もちろん、外に通路や足場になるようなものがあるかどうかはわからないが、最初からヨルダと離れなければ行けない道を進むよりは、可能な限りふたりで進める道を行きたい、というのがイコの正直な気持ちだった。
 だから、逡巡は一時のことだった。
「ヨルダ、うえに行ってみよう」
 少年の言葉――上に向けられた人さし指を目で追った後、銀糸が上下に揺れる。
 梯子を登り、凸形に空けられた壁の真下まで進む。まず、イコが跳び上がって下の縁に掴まり、空けられた凸形の上によじ登った。一度外を見て、壁の向こうがバルコニーになっていることを確認すると、部屋の中で待っているヨルダを引き上げ、ふたり一緒に壁の向こうへ降り立った。
 外に出ると、陽光に容赦なく照らされる。頭上に天井はなく、あるものは滝の部屋側の外壁、上方から突き出すように伸びる二本の梁と、梁の先端付近に横たわる一本の桁だ。向かいには右の建物に向かって伸びる回廊がある。バルコニーから回廊までかなりの距離が開けられており、回廊の更に向こうの下方には、青草の敷き詰められた柔らかそうな地面が見える。これもまた中庭のひとつなのだろう。回廊の左端、奥の方に、下に降りる梯子がちらりと見え、そこから中庭へと下りることができるようだった。
 回廊はふたりが降り立ったバルコニーと同じくらいの高さで、当然、回廊を支えるアーチはかなりの高さになる。バルコニーでは壁に囲われていない、回廊と向かい合う側には手摺が設けられていたが、回廊から向かって右寄りに手すりが途切れている部分がある。回廊側の手摺もちょうどその真正面辺りで途切れており、ずっと昔にはバルコニーと回廊を結ぶ通路があったのだろうかと、イコは思いを巡らせた。
 通路はなかったが、バルコニーから回廊へ渡る手段がないわけでもなかった。
 頭上に伸びる梁と桁、それが交差している辺りから鎖が吊るされていたのだ。下の地面に達するほど長い鎖ではないが、鎖を経由して向かいの回廊に飛び移ることはできそうだった。
 何にしろ、この鎖に飛び移って回廊へ渡るか、滝の部屋の中に戻って長い鎖を下りてみるしか道はないらしい。どちらにしても、一旦ヨルダを置いてイコがひとりで動き回らなければならないことに変わりはない。
 ――それなら。
 イコはこのまま回廊を渡る道を選んだ。ヨルダを薄暗い部屋の中で待たせるより、外の陽射しがある中に居させた方が、幾分安心するからだった。
 もちろんこれまでの経験で、薄暗い部屋の中だろうと、眩しい太陽の下であろうと影たちが現れる時は現れることはわかっている。太陽の下だから、というのは何の保証にもならないことも。
 それでも。
 どこへ出ようとも、広大な箱庭の中にしか過ぎないのだとしても。
 少しでも外に近い場所に連れて行きたいと思うから。
 少女自身が放つ光や、薄暗い中で揺らめく炎、窓から差し込む明かり、そんなものだけではなく、万遍なく降り注ぐ圧倒的な、けれどとても暖かい光を少しでも感じて欲しいと望むから。
 イコは両手でヨルダの手を、ぎゅ、と握ると、これまで何度も繰り返してきた言葉を繰り返す。
「ヨルダ、ぼく、ちょっと行ってくるね。すこしだけ、ここでまってて」
 必ず戻る。あるいは、道を作って君を呼ぶから。
 それは、何度も繰り返されることが約束された言葉だった。



 鎖に飛び移る前に、足元、すぐ真下の様子を覗き込むようにして窺う。どうやら滝の部屋の内部と同じように、バルコニーの真下にももうひとつ階層があるようだった。高さを目測で測り、おそらくひとつ下の階が鉄格子の降りた出入り口の外になるのだろうと見当を付ける。それから更に下に視線を向けた先で石畳の地面を確認した。部屋の外壁から回廊のアーチのたもと付近までの一面が、中庭より一層低く掘り下げられた石畳になっていたのだ。
 これでは梁から吊るされた鎖を掴み損ねてしまうと、遥か下の固い石畳に叩きつけられることは間違いない。もっとも、石畳ではなく柔らかな草が繁茂する地面であっても、この高さから叩きつけられるのであれば結果は変わらないだろうが。
 イコはできるだけ慎重に鎖との位置、距離を測ると、怖気付く心が現れる前に勢いのまま足を蹴り出した。必死の思いで鎖を掴み――そうなれば後は馴れたものだった。
 鎖を揺らし、反動を付けて回廊へと飛び移る。むしろ勢いをつけて飛び過ぎ、奥の手すりに手を付く羽目になってしまった。
 イコは無事に渡れたことに安堵すると、一旦振り返ってバルコニーに残したままのヨルダに、大丈夫だったよ、と手を振った。微かにゆるんだ少女の顔を目に留め、後は振り返らず一気に駆け出した。目指す先は、まずは中庭へと下りる梯子。
 もちろん、回廊が続いている先の建物も気になる。何よりヨルダから目を離してしまうのは怖い。見えないところでヨルダの悲鳴が聞こえたら、あの重苦しい気配がしたら、それを想像するだけで足が震えそうになる。
 しかしそれ以上に、空っぽになった手が寂しい。その寂しさが苦しい。
 だから、仕方ないとはいえ離してしまった温もりを取り戻すためイコは走る。
 梯子を下りる為に身体の向きを変える瞬間、イコの目の端に引っかかるものがあった。梯子を下りつつ首を巡らすと、中庭の奥の片隅に四方の側面に取っ手の付いた木箱が安置されているのが見えた。
 ――なんでこんなところに?
 疑問に思いつつ、イコの足が柔らかな草を踏み締める。あっという間に中庭まで降りたイコはざっと周囲を見渡したが、目に付くものといえば木箱くらいのものだった。
 だったらさっさと進もう、と掘り下げられた中庭の縁まで走り、そのまま石畳へと飛び降りる。思っていたより高さがあったため尻餅をついてしまったが、ある程度覚悟してのことだったので僅かに顔を顰めただけですぐに立ち上がった。
 滝の部屋の外壁に向かって、右隅には三段の上りの段差の先に部屋の内部へ続く入り口があり、反対の左隅には上――中段のバルコニーへ至る昇降機があった。
 どちらへ先に進もうかと一瞬足を止めてしまったイコだったが、すぐに足を昇降機へと向けた。特に深い意味があったわけでもないが、昇降機の方が楽しそう、という気持ちが多少なりともあったかもしれない。
 昇降機はこれまで目にしてきたものと同じようで、中に乗り込んだイコは手馴れた様子でレバーを動かした。昇降機はすんなり上へ昇り、すぐに中段のバルコニーへ到着する。
 着いたバルコニーは上のバルコニーよりも幅が狭く、手すりが付いている様子もない。昇降機から降りてバルコニーを進むと、半ば辺りの城壁に鉄格子の下ろされた入り口が現れた。更に奥の城壁にはレバーが付けられている。
「これ……かな?」
 予想に違わず、イコが壁のレバーを動かした瞬間、入り口の鉄格子が引き上げられ姿を消した。
 よし、とひとつ頷いて両手を握り締めた。
「――って、はやくヨルダをむかえに行かなきゃ!」
 鉄格子がなくなったばかりの入り口をくぐり、ともすれば滝の音に負けないくらい大きな足音を反響させて、ヨルダを待たせている上のバルコニーへ急ぐ。
「ヨルダ!」
 壁に空いた凸形の上に立ち、手を差し伸べる。「ただいま」と付け足すことも忘れない。突然背後から声を掛けられたヨルダが驚いたように振り返り、ケープとスカートの裾がふわり、と広がった。
 イコの姿を認めたヨルダの目元が柔らかく細められる。
 イコは駆け寄ってきたヨルダの手を取って凸形の上に引き上げると、再び滝の部屋の中へと戻った。梯子を降り、開かれたばかりの入り口を通って中段のバルコニーへ出る。当然、先刻昇ってくるために使用した昇降機はバルコニーに置かれたままなので、そのままふたりで昇降機に乗り込んで下まで降りた。あとは、中庭に上がって、回廊に登って、それから奥の建物に――そう、計画立てる。
「あ、そうだ」
 昇降機が下に着き、そこから降りようとした時、イコはもうひとつの出入り口を確かめていなかったことを思い出した。三段の段差の上にある出入り口だ。
 段差の高さは均等ではなく、跳び付かなければ上に上がれそうにない段もあったが、イコが先に登った後、充分ヨルダを引き上げることができる高さである。
 念のため、もうひとつの出入り口の先の様子も確認しておこう、と段差へ向かった。
 ――ちょっとようすを見るだけだったら、ヨルダはここで待っててもらったほうがいいかな?
 いくら引き上げるのはイコだといっても、ヨルダがまったく力を使わないわけではないし、むしろ引き上げられる腕や肩は痛いはずだ。何せ、力いっぱい引き上げている。
 ひとつめの段を上がり、ヨルダを振り返る。じっと見つめてくる視線は、イコに呼ばれることを待っているように思え――それは都合の良い思い込みだろうかと躊躇う。
「えーと……ここで待ってる? ぼく、すぐにもどってくるよ」
 通じないとわかっていつつ、尋ねながら手を差し出しながら、ヨルダがここを上るのを嫌がるようなら、さっさと――出入り口付近から様子を窺うだけにしてすぐに戻ろう、と決めた。
 ヨルダはイコが困った表情を浮かべている理由がわからないのか、不思議そうに見返しながら差し出された手を迷わず取った。
「……うん」
 そのことが無性に嬉しく、こそばゆく感じて意味もなく頷きを返し、ヨルダを上へ引き上げた。
 そうやって段差を登り滝の部屋の中へ入ると、そこは吊り橋によって繋がれた中間の階だった。
 出入り口付近から二、三段の階段を下りて吊り橋が真っ直ぐ延びている。部屋の中に入ってすぐの両脇にはイコの腰よりも高い手摺が据え付けられ、左側の手摺の向こうには通路が続いていた。上の通路と違い、ここの通路は壁に突き当たってもすぐにそこで途切れることはなく、瀑布を溢れ出させる六角形の穴のすぐ真下の足場まで壁沿いに上り階段が延びていた。反対に、右側の手摺の向こうに道はなく、下へ落ちるしかない虚空が空いていた。手の届きそうにない遠くで、上から吊るされた鎖が真っ直ぐ降りている。
 吊り橋の向こうに見える通路には、通路の左端に不思議なソファがあった。吊り橋を渡ったすぐ右側には、更に下、水場へと降りる長い階段がある。
 イコはヨルダと手を繋いだまま、一歩踏み出すたびにぎしぎしと音が鳴り、揺れる吊り橋の上を渡った。怖くないだろうかと、心配してヨルダを見上げるが、特に恐れる様子もなく吊り橋を渡るヨルダに、ほっと息を吐く。
 思い返してみればこの場所よりずっと危険な道のりを越えてきているのだから、何を今更、という気もするが、それでも心配なものは心配だったのだ。
 ソファで軽くひと休みした後、階段を降りて水辺に近寄る。例えば、水場を泳いで進んだ先に何か道や仕掛けはあるだろうかと目を凝らす。
「……あれ?」
 見渡した先で気になる影を見付けるが、舞い散る水しぶきと深い陰影にぼやけてはっきりと判別できない。
 それでもしばらくの間、イコはじっと見つめ続けていたが大きく息を吐いて首を軽く振った。せめて滝となって流れ落ちる水流が堰き止められれば良いのだが、それを言っても仕方がない。他にまったく道がないわけではないし、ヨルダを伴って再び外へ出た。
 さっそく壁を登って中庭へ上がろう――として、
「……あ……」
 読み違えていた現実に、少年の頬が微妙に引き攣る。
 外の石畳は想像していた以上に掘り下げられていた。単に石畳から上の中庭へ登ることができないというなら、イコだけ滝の部屋を通って回廊を経由して中庭に降り、それからヨルダを引き上げればいい。しかし改めて壁の高さを目にすると、中庭へ至る壁の上まで思い切り跳んでも届かない――どころか、中庭と石畳側、双方から思い切り手を伸ばしても――ヨルダが思い切り跳んだとしても、互いの指先が掠ることさえなさそうな高さだったのだ。
 せめてもう一段足場になるものがあれば――と考え、ふと、ひらめく。
「そうだ、あの木箱!」
 中庭の奥の片隅に置かれた取っ手の付いた木箱、あれをこの場所まで落として足場にしてしまえばいい。
「ヨルダ、すぐもどるから!」
 そう、声をかけるや否や、イコはひとりで昇降機に乗ると上へと急いだ。
 一番上のバルコニーに出ると、鎖に飛びついて回廊へ飛び移る。回廊の梯子から最後は飛び降りるようして中庭に降り立つと、中庭の隅にある木箱へ向かって駆ける。
「せーのっ」
 掛け声と共に木箱の取っ手を引き、掘り下げられた石畳のある場所の向かい辺りまで一気に動かす。回廊のアーチを潜り抜けられる位置に木箱が来るように微調整して動かした後、掴む取っ手を代えて、石畳まで木箱を運んだ。
 ――……ヨルダは……うん、だいじょうぶ。
 木箱を下に落とす前に、落とそうとしている付近にヨルダが居ないことを確認する。
 イコが中庭側から来ていることに気付いていないのか、ヨルダの視線は昇降機に向いていた。
 イコは引っ張って運んでいた木箱を後ろから押して、中庭から石畳へと落とした。
 どんっ、と重いものが落ちる大きな音がして、ヨルダが振り返る。
「ヨルダ!」
 イコはヨルダに呼び掛けると、中庭から降りず下に手を伸ばした。イコの声に気付いたヨルダが木箱に駆け寄る。木箱に上ったヨルダが手を上に伸ばすが、わずかに差し出されたイコの手に届かない。あとほんのわずかの距離を埋める為ヨルダの身体が跳び上がり、開いていた距離がなくなった瞬間、過たずイコの手がヨルダの白い手を掴んだ。
 少年の手はこれまでと変わらない力強さで少女の身体を引き上げた。
 中庭に上がると、ふたりは長い梯子を登り回廊へと上がった。回廊を進み、突き当たりの外壁に掛けられた梯子を更に登った先に扉があった。扉のすぐ手前にある、せり上がった仕掛け床を踏み、扉を開く。
 扉――壁の向こうもまた外に通じていた。目の前に延びるのは短い渡り廊下だ。渡り廊下のほんの数歩分の距離を越えた先に、壁に四角く開けられた穴――目前の建物への出入り口がある。扉をくぐればすぐにどこか新しい部屋へ通じているのだろうと漠然と考えていたイコは、違っていた予想に思わず足を止めた。
 渡り廊下は高い壁に前後を挟まれている為、外にあるといっても濃い影がかかって薄暗い。天井がないためか、壁の代わりだろう、廊下の両脇は背の高い鉄柵に覆われていた。
 柵の隙間から周囲をうかがうと、出てきた扉の手前と奥とで、場所が区切られているらしいことが見てとれた。
 前方の、ぽっかりと壁に空いた出入り口から向かって左は城の外側になるようで、渡り廊下の鉄柵のすぐ向こうにも背の高い鉄柵があった。それが外と霧のお城の中を隔てている。それとは反対に、右側の空間は中庭のようだった。高い壁に周囲を囲まれた中庭で、陽射しに照らされる柔らかい緑の向こうには、小川が流れているのだろうか、光を反射するせせらぎを見ることができた。
 この渡り廊下は、部屋どうしというより区画どうしを繋いでいるらしい。
 そこまで確認すると、イコは再び足を動かし始めた。
「よし、行こう」
 壁に空いた入り口の向こうは一層薄暗く、外からでは様子を窺い知れない。
 それでも、少年の歩みが鈍ることはなかった。




ICO room