12.跳ね橋2
新たな道を探すため再び跳ね橋のある中庭へ戻る。
「……?」
正門からの入り口をくぐり抜けた時、イコは何か違和感を感じて首を傾げた。同時に、何もおかしくはないと伝えてくる感覚。
周囲を見渡してもつい先ほど駆け抜けた時と何一つ変わらない――ように見えるのだが。
静まり返った城の様子も、差し込む強い陽射しも、吹きぬけてゆく風も、火の爆ぜる音も――
――いや、違う。
違うと感じた理由にようやく思い至った。
「……火が……?」
最初、この場所に足を踏み入れた時、揺らめく炎はどこにもなかった、はずだった。これまで城の中で火が灯されていることは決して珍しいことではなかったから、火の爆ぜる音が聞こえてくるのも当然のことだと聞き逃していた。顔を上げて音の発生源を探すと、シャンデリアの部屋に続く出入り口のバルコニーから伸びる階段、そこに並べられた燭台に火が灯されていた。正門の仕掛けがここの燭台にも作用したということなのだろう。
扉は開かれ、火が灯されていく。
それはまるでこの霧のお城がゆっくりと目覚めていく過程にも思えて、そう考えると何故か言い知れぬ不安が胸の内に広がっていく気がした。
仕掛けが何ひとつ動いていない状態を『眠っている』と称するならば、仕掛けを動かし『起こす』ことをしなければ外に出られないというのに。
イコは自分の考えに頭を振った。漠然とした不安を意識の外に追いやる。
――きっと、あの人に言われたことを気にしてるだけなんだ。
だから、自分のしていることが不安になっていくのだと。
それでもヨルダと共に行くと決めたのだから。
回廊に上がる前に、まずこの場に他へ通じる通路はないか探したが、やはり見付けることはできなかった。ただ一ヶ所、ヨルダが攫われ連れて行かれた影穴の現れた広場で、正門側とは反対になるシャンデリアのあった部屋側の城壁にガラスの割れた大窓があったが、高い位置にあるためどうしても手が届かなかった。せめて時折見かける木箱のような足場になるものがあれば届いたのだが、ないものは仕方ない。
中庭部分での探索は諦め、回廊を渡ってバルコニーまで戻る。
――そういえば、ここもあまりしっかり見ていなかったっけ。
軽く首を巡らせると、上ってきた階段から見て左手側のバルコニー隅に見覚えのあるものを見つけた。
大きな黒い球。それは円形の足場にあった爆弾だった。
「……うわ!」
そのことに気付いた瞬間、充分距離が離れているにもかかわらず、イコは飛び退ってしまった。シャンデリアの部屋で階段の支柱を爆破した時の威力は未だ記憶に新しい。やはりどうしても危険なものなのだという思いは拭えない。
「イコ」
「――ヨルダ?」
いきなり飛び退ったことで外れてしまった手を繋ぎ直そうとしたイコにヨルダが呼び掛ける。
ヨルダは爆弾が置かれている所とは反対側の隅を指差していた。
――何かがあるんだ。
正門でのこともあり、イコはそのことを素直に納得していた。
ヨルダと手を繋ぎ、彼女が指差したほうへ進む。
「……あ!」
イコは探し物がようやく見つかった――そんな喜びの混じった声を上げた。
陰になっていて分かり辛かったが、そこは行き止まりではなかった。否、現状では行き止まりになっている。
シャンデリアのある部屋への出入り口から向かって右奥にはひっそりと路地があったのだ。ただし路地への入り口は、バリケードのように木の板が打ち付けられ塞がれている。
しかしイコは落胆することはなかった。路地が木のバリケードによって塞がれているのを確認した時には、道を開くためにはどうすればいいかわかっていたからだ。
「ヨルダ、ちょっと待ってて!」
そして爆弾の置かれている左隅に向かって駆け出した。
階段の前を通る時、横目でちらりと燭台を確認する。高い位置で火が灯されているが、手にした棒を伸ばせば充分届くだろう。
――よし!
道はある、先へ進める、そのことで高揚していく気持ちのままに、力強く駆けた。
バリケードの前に爆弾を運び、手近な燭台から棒に火を移して爆弾に点火する。
その場から距離を取るために走り出した二人の背後で、ほんの数泊の間を置いて爆発音が響き渡った。爆風が埃と、粉々に粉砕したバリケードの破片を巻き上げ一帯を白く染めた。
煙が収まった頃、路地裏を覗き込む。
そこにはもはや道を塞ぐものはなかった。
二人は手を繋ぎ、薄暗い路地へと足を踏み入れた。